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02. 前髪を梳くしぐさ

2018/02/03 Sat 10:34

ツイッターでお世話になっている方との小話を書きたいなと思いまして。
お題にレッツトライアル。

書けそうなものから順不同に。随時書いていきます。


お題サイト:Kiss To Cry


午睡七題
 綺麗なものほど、目には見えないよ

01. 穏やかな空気を持つひと
02. 前髪を梳くしぐさ
03. 嬉しそうな顔が見たいから
04. 駄目じゃないよ
05. とりわけ大切な理由
06. 重ねてきた手
07. 一日分の報告会だね


*****


 夜の繁華街は目に眩しい。
 それでも電車もなくなるような頃合いになれば、自ずと人も減ってくるもので。

「今日は異様に疲れたわね」

 独りごち、美作直(ただし)――ナオはほうと溜息をついた。
 ナオはいわゆるオカマバーで働いている。仕事自体は好きだ。ただ、いかんせん接客業の中でも奇異に見られやすい部類だろう。おかしな人も後を絶たない。誰が何を抱えていても構わないが、疲れるときはやはり疲れる。
 帰ったらスキンケアをして早めに寝て……そこまで考えたところで、見知った顔を発見した。フラフラ、フワフワと歩いている一人の女性。

「エナちゃん?」
「はい? ……、……あ、もしかしてナオさんでしょうか?」
「そうよ。久しぶりね」
「こんなところで会うなんて奇遇ですわね! うふふ、どなた様かの引き合わせでしょうか」
「いやぁ、アタシは職場が近いだけなんだけどね」

 ふふふ、とにこやかに笑みを浮かべる女性は、砥板依奈。
 とある調べ物を一緒にしたくらいの仲だが、その関係もあって連絡先は交換している。別行動が多かったので深いところまでは知らない。
 とはいえ、印象には強く残っている。
 人目を引きすぎるほどの美貌に、浮き世離れした言動。恋愛話に目を輝かせる様はいかにも女の子なのに、二言目には「楽園が」と言い出す歪み。忘れろという方が無理な話だ。

「それより、何してんのよこんなトコで。アンタみたいなお嬢ちゃんがフラフラしている時間じゃないでしょうに」
「いえ、いつもはもっと早く帰ってるんですのよ? ただ今日は、信者の方とのお話が熱くて、つい……」
「信者、ねえ……。もう電車ないじゃないの。家近いの? タクシー?」
「ここからだとタクシーは遠くて……泊めてくださる方がいないかと思っていたところですわ」
「ああ、友達が近くにいんのね」
「いえ、いらっしゃらないので、どなたか見知らぬ人にでもと……」
「ハァ?」

 素っ頓狂なことを言い出す彼女に、思わず変な声が出る。しかし彼女はきょとんとしたまま。
 しかし、正気だろうか。見知らぬ人の家に泊めてもらうだなんて。
 ガタイのいい男ならいざ知らず――それはそれで相手が断るだろうが――この、若くて美しすぎる女性が。一人で。無防備にも程がある。

「お代はきちんと払いますのよ?」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「それにご縁があればその方を楽園に導ける可能性もありますわ!」
「だからそうじゃなくて……あーもう、いいわ。アタシんち近いから、寝るだけでいいなら来なさいよ」
「まあ! いいんですの?」
「これでバイバイしたら寝覚めが悪すぎるわよ!」





 ナオの家は狭いアパートの一室だ。普段はあまり入り浸らないので不便はない。人が寝泊まりするとなると、狭苦しいのは否めないが。
 キィ、とバスルームの扉が開く。そこからタオルを巻いた依奈が出てきた。ぽたり、ぽたりと髪から滴がしたたり落ちる。
 水も滴るなんとやらね。肌も白くてスベスベしていそうで羨ましい――って。

「ちょっとぉ!!?」
「あら?」
「あら? じゃないわよ! エナちゃん! 何で服着てないのよ!」
「何か問題がありまして?」
「問題しかないわよ!?」

 きょとん、と瞬かれて声を荒げる。
 しまった。壁が薄いのに。明日隣の人に怒られるかもしれない。
 はあ。溜息をついて顔を逸らす。

「あのね。一応アタシも男なのよ。だからってわけじゃないけど……ていうか女の子同士でもどうかと思うけど……無防備すぎるのは罪よ。あと風邪ひくわ。ちゃんと服を着なさい」
「ですが……男の人だからこそ、と思ったのですよ? 対価は支払わないといけませんわ」
「あのねエナちゃん」

 ツカツカと歩み寄る。がし、と両肩をつかむ。
 はい、と彼女が微笑む。

「オネェなめんじゃねーわよ」

「……えっと?」
「女の子を蔑ろにするような奴はオネェの風上にも置けないわ! その辺の下半身と直結した野郎と一緒にするんじゃないわよ。オネェはハートで勝負なんだからね! いーい? アンタはもっと自分を大切にしなさい。あと何度でも言うけど風邪引くわよバカ。ほらさっさと着替える。髪も乾かす。ホラ今すぐによ!」
「ですが……対価も払わずにそこまでしていただくわけにはいきません」
「あのねえ、対価って言ったって……」

 なぜそこでしょんぼりされるのか。訳がわからない。彼女の思考を理解しようという方が間違っているのかもしれないけれど。

「……はあ。そうね。じゃあ、一つ」
「! 何でも言ってくださっていいのですよ?」
「髪いじらせて」
「……髪、ですか?」





 ドライヤーで乾かした髪は、サラサラと流れていく。恐ろしいほど。一本一本が細くて、ツヤがいい。天然ものだろうか。天然ものだろう。全く。一房手に取ってみればこぼれ落ちていきそうだ。腕が鳴る。

「そういえば……ナオさん、女の人の格好をしていなかったから、一瞬わかりませんでしたわ」

 素直に髪をいじられながら、依奈がそう切り出した。

「まあ、あの時は女装してたからねぇ」
「家ではしてないんですの?」
「そりゃねぇ。ていうか、仕事以外じゃそこまでしてないわよ。ただあの時はアリちゃんもいたし……お客さんの前ではやっぱりちょっとね。イメージ変えたくないっていうのもあって。ナオを知っている人の前ではやっぱりナオでいたいっていうのかしらね」
「どちらのナオさんも素敵でしてよ!」
「あら。ありがと」
「それにそういう悩みを抱えているということは、悪い物が宿ろうとしているからかもしれませんわ。良ければナオさんも是非楽園に。そうすればきっと心も清らかになって――」
「ちょっと頭動かさないでよ」

 振り向こうとした頭を、ぐい、と戻す。それからゆっくり櫛でとかしていく。

「別に悩んじゃいないわよ。アタシはアタシでやりたいようにやってるんだから」
「ええ、ええ。それも素晴らしいと思います。ナオさんの楽園も近いのですね。でしたら――」
「ていうかエナちゃんの肌ほんとやばいんだけど。化粧品何使ってるわけ?」
「化粧品、ですか? それでしたら私のおすすめは――」

 話を続けながら、両の手に毛束を三つ。端の毛束を中央に。また逆端の毛束も中央に。滑っていきそうで若干やりにくい。そうやって繰り返し交差させ、編んでいき――。

「よっし! 編み込み! きゃあああカワイイ! さすがね! はい鏡!」
「……」

 ぱちくりしている依奈に鏡を手渡す。
 不思議そうに鏡を覗き込んだ依奈の表情が、パッと輝いた。

「新鮮ですわ! ナオさんは手先が器用ですのね!」
「それくらいは大したことないわよ。やっぱ素材がいいと違うわねー。はあ満足。これで対価は十分よ」
「え、ですが、これだとまた私が恩恵を受けたことになってしまいますわ」
「アタシがやりたくてやったのよ。……あ、前髪がちょっと跳ねちゃったわね。今櫛を……」
「それくらいなら私がやりますわ」
「あら、そうね。それじゃあこれ」

 櫛を手渡せば、依奈は「ありがとうございます」と微笑んだ。鏡を見ながら素直にとかしていく。ただそれだけなのに、どことなく絵になるのは、彼女だからだろうか。

 こうして見れば、ふつうの女の子なのに。やっぱりどうして、価値観が歪んでいるというか、ズレているというか。
 綺麗な顔をして、まるでいいところのお嬢さんのようなのに。誰もが憧れそうなものを持っているのに。フワフワしていて危なっかしいことこの上ない。

 前髪を梳いている彼女とふと目が合い、ナオは苦笑した。

(ほんっと、難儀な子ねぇ)


前髪を梳くしぐさ

 そうしているだけで女の子なのに

「見てる分には羨ましいったらないわね」
「あら! ナオさんも楽園へいらっしゃいます?」
「そうじゃねーわよ」
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