夜の帳がまた明けて

2016/05/05 Thu 13:49

ゴールデンウィークですね!
おはこんにちばんわ!

29日は陽雨様たちとお泊まりパーティをしまして、そこでセッションやらタコパやら鍋パやら、充実した時間を過ごさせていただきました。うへへ。いつもお付き合いありがとう。
そんな中でやったセッションにちなんだ? 小話をば。追記に。
小話といっても、ちょっと文字量は増えましたけれども。いつの間にか。
そしてやっぱりテンション低めのお話ですけれども。
もっと明るく楽しい話も書きたいものですね。その内ね。いつかね。うん。
あ、今回のお話では、シナリオ自体のネタバレはないものと思われます。ご安心を。

しかし、こうしてセッションを繰り返していると、シナリオも自分で考えたくなってくるものです……しかし壁が多い……高い……。
そんなぼやきも残しつつ。

残りの連休も、皆様、楽しんでくださいませ。

(相変わらずとりとめもまとまりもない記事である)


 ひょんなことから山へ行ったのをキッカケに、友人の様子がおかしくなった。
 おかしくなったと言っても、それは恐らく一時的なもの――なのだろう。はぐれていたので事情は何も分からないが、恐らく精神を乱すような出来事があり、それによって友人は不安定になってしまったのだ。手持ちの精神安定剤などにより友人を落ち着かせることに成功した有馬秀は、相手の話や態度からひとまずそう判断をつけた。
 何があったのか、友人――鳴瀬昌明は語らない。聞いたところで苛立ちが返ってくるだけだ。
 思い出すことでかえって取り乱すくらいであれば、無理に語らずとも良い。そう気持ちを切り替え、ともかく病院に連れていくことを優先したものの――。

(……フェティッシュ、なぁ)

 研修医でしかない自分の見立てと変わらなかった医師の診断に、秀は苦く顔を歪めた。
 フェティッシュ――異常な執着。
 それは奇しくも、自身の祖父が陥っていた症状と同じであった。


【夜の帳がまた明けて】


「あの」

 病室へ向かう途中、不意に呼び止められ、秀はくるりと振り返った。振り返った先には一人の女性、銀木優の姿。
 看護師である彼女の瞳はどこか心配の色に染まっていて、秀はヘラリと笑ってその色を出迎えた。

「どしたー、銀木さん」
「昌明なんですけど」
「うん」
「どうかしたんでしょうか」

 ぱちり、と秀は瞬いた。随分と曖昧な物言いだ。思わず首を傾げてしまう。

「どうかって?」
「いえ、なんと言いますか……」

 言いにくいのか、単に丁度良い言葉が見つからないのか。彼女はもごもごと言葉を濁した。
 昌明は今、大事を取って休養している。その事実は同じ院内にいる彼女も簡単に知れることだ。とはいえ、詳細まではさすがに知らされていないだろうけれど。

「あはー。まー、色々あったみたいだぜ」
「色々……ですか」
「オレにも分かんねーケド。その内落ち着くみたいだし、そっとしといてやってくれな」
「それでいいんですか?」
「うん?」
「いえ、少なくとも秀は昌明と友達なわけですし……心配じゃないんですか?」

 その口調は、ほんの少しだけ、責めているようでもあって。
 しかしそれ以上に、きっと彼女は心から心配しているのであって。
 ヘラリ、と秀は再び笑みを浮かべた。

「まあほら、あいつならしぶといから」
「でも」
「逆にオレらが信じてやらねぇとー、ってやつ? みてーな?」
「ですが……」
「むしろあいつ、元気になったら厄介だから気を付けとけよー?」
「……」

 不満げに顔をしかめる優にケラケラと笑う。コロコロと変わりやすい表情は何とも分かりやすい。いっそ微笑ましいくらいだ。

「秀、本気でそう思ってます?」
「え?」
「無理してません?」

 何だか突拍子のないことを言われた気持ちで、秀は思わず笑ってしまった。――思い切り吹き出さなかっただけ、褒めてもらいたい。

「オレが? ナルがじゃなくて? え、何で?」
「……上手くは言えませんが……」
「ふは。心配してくれてサンキューな。でもまー、別にこっちは大丈夫だからさぁ」
「……そう、ですか」
「銀木さんもお疲れ。な?」
「……はい」

 鉛でも飲み込んだかのように重たげな口調で渋々頷いた彼女に、ヒラヒラと手を振って離れてやる。
 ――決して、秀は嘘など言っていない。昌明のことは大丈夫だろうと思っているし、そもそも自分には怪我や害があったわけではない。大丈夫以外の何物でもない。
 ただ、何故か少しばかり罪悪感を覚えたのも確かだった。心配してくれた彼女に対してもう少し掛けられる言葉があったのではないか。そんなこともぼんやり思う。

(今度何か奢ってやるかねぇー……?)

 食欲旺盛な彼女へのある意味ワンパターンなお詫びを考えつつ、秀は病室へ足早に進んだ。
 胸に燻るモヤモヤには、一旦の蓋をして。


***


 その後の一日は怒濤に過ぎていった。総合病院であるここは、普段から色々な患者が訪れる。様々な科と連携を取っている分、患者の行き来も多いのだ。
 それらの業務を一通り片づけたところで、秀は深々と息をついた。――なかなかにハードだった。途中で本来担当ではなかったはずの業務にも首を突っ込んだため、疲労感は一層募る。とはいえ貴重な経験だったし、後悔はしていない。むしろ今後のことを思えば前向きに取り組めそうだ。
 いくら気持ちを奮い立たせたところで、確かに疲れるものは疲れるのだけれど。

「はー……」
「おい、ボーッとしてんなよ」

 うっかりため息混じりの息をついたところで、背後から先輩にどやされた。振り返れば、案の定、厳しい表情の――彼はいつもそんな表情ばかりだが――先輩の姿。いつにも増して迫力のあるその姿に反比例して、秀は気の抜けた笑みを浮かべてみせた。

「あはー。すんません」
「腑抜けてたら蹴り抜くからな」
「センパイ、蹴り抜くってどこを? オレ穴ぼこにされるんすか?」
「嫌ならシャンとしてろ」
「ウィッス」

 この先輩はあまり軽口には付き合ってくれない。遠慮なく一刀両断してくるその態度は男らしくもある。芯のブレなさは一級品だ。よく苛々しているが――させているのは秀のせいかもしれない――理不尽に怒ったり気まぐれにきつく当たってくるわけではなく、そこには確かな信念がある。だから秀は、どんなにどやされてもこの先輩を嫌いになることはできなかった。いっそ尊敬すらしている。
 だから――。

「おい有馬」
「はい?」
「お前、明日から三日休みな」
「……は?」

 突然の物言いに、秀の思考はエンストを起こしたかのように停止した。

「は……? え、ちょ……センパイ?」
「お前、アホみたいにスケジュール詰めてたろ」
「え、まあ、今やる気満々っつーか」
「却下」
「えええっ。あは、何すかそれ」
「自己管理もできねーアホは邪魔なだけだ」

 ばっさりと切り捨てられ、目を丸くする。まるで意味が分からなかった。先輩の表情や態度からは一切冗談が見受けられない。本気だ。本気で――怒っている。
 確かに余計な仕事も前倒しで入れ始めたのは事実だ。そうすることで、できればモヤモヤした気持ちを振り払ってしまいたかった。仕事に集中したかった。それの何がいけなかったのだろうか。何を――間違ったのだろうか。
 心臓が嫌な音を立てそうになるのを感じつつ、秀は無理矢理笑みを取り繕った。

「……えっと。でも、センパイ」
「でもじゃねえ」
「オレ、大丈夫ですし。まだやれますし、その」
「有馬」

 うろたえる自分に構うことなく、先輩は真っ直ぐとこちらを射抜く。

「患者をストレス発散の道具にすんな」
「……え」


***


「あれ、秀?」
「……あー、銀木さん」

 病院の敷地内のベンチにぼんやり座っていると、身支度を整えた優が通りかかった。彼女は怪訝そうにこちらを見てくる。
 それはそうだろうと秀も思う。あの後、先輩に半ば無理矢理追い出されてしまったが、そのまま素直に帰る気にもなれずにぼうっとしていたのだ。下手すると不審者である。何かと顔が広いので通報されることはないだろうけれど。

「こんなところでどうしました……? まだ夜勤が残っていたはずでは?」
「……」
「……秀?」

 昼の出来事もあっていくらか気まずさもあるだろうに、優はてこてこと歩み寄って顔を覗き込んできた。それだけ不思議な光景だったのかもしれない。自分ではよく分からないけれど。何だかずっと脳みそが麻痺しているようだ。

「あの」
「……」
「とりあえず、そんな薄着のままじゃ風邪引きますし……せめてそこの上着だけでも……」
「……、……センパイに怒られました……」
「……はい?」

 残っていた気力で振り絞った声は、随分と情けなかった。意外だったのだろう、優も目を丸くしている。ぱちぱち、と瞬かれるのが何だかとても居たたまれない。

「あはー……や、なんか自分でもよく分かんねーんだケド。センパイに怒られて明日から三日休みだって追い出されて……えぇぇ、オレ何かしたかなぁー」
「怒られたんですか」
「そです、はい……情けないことに」
「それでここに?」
「んー、なんつーか……一応反省会でもしよっかなって?」
「だからって……、……分かりました」
「……銀木さん?」

 何か考える仕草をした彼女は、言うや否や、キリッと表情を切り替えた。ポカンとした自分を引っ張ってくる。

「秀、これから家に行きましょう」
「……はい?」
「そしてご飯を食べましょう」
「ちょ、待て待て、スゲー急展開だな!? え、つーか銀木さんの家? は? それはちょっとどうかなって……」
「今日は宙も来ていますから安心してください」
「お宙も? それなら良い……のか? いや待って、逆に邪魔じゃね? どのみちダメじゃね?」

 彼女の幼馴染みであり、恋人でもあり、自分の友人でもある相手の名前に目を白黒させる。スキンシップがやたら多いと苦言されることもある自分だって、恋人のいる女性の家に上がり込むことの不躾さくらいは分かるというものだ。それに彼女の恋人の伊吹宙は、何やかんや独占欲が強い男だと秀はこっそり推察している。そんな二人のラブタイム――笑うところだろう――を邪魔するだなんて、馬に蹴られて死んでしまうかもしれない。それは避けたい。秀だってまだ若い人生を終えたくはない。
 だというのに、優は譲らない。この小さい身体のどこにそんな力があるのかというほどぐいぐい引っ張ってくる。

「大丈夫です」
「優が大丈夫でもお宙が……」
「今連絡を取りました。オッケーだそうです」
「えええマジでっ?」

 もの凄い早業である。そして何と連絡したのか。怖くてあまり聞きたくはないけれど。
 宙が大丈夫だというなら、秀にはもはや断る術も理由もない。実際ぼうっとしていたので――そもそも夜勤があるはずだったので――予定があるだなんて嘘もバレバレだ。
 観念して力を抜くと、優は満足げに微笑んだ。さあこっちですよ、と前を向いて歩き始める。
 一体何がどうしてこうなった。よく分からない展開に、秀は思わず首を傾げてしまった。――答えてくれる人がいるはずもないのだけれど。
 彼女が先に入ったのは、病院の近くのスーパーだった。

「とにかくですね、疲れたり凹んだりしているときはたくさん食べるといいと思うんです」
「お、おう」
「人間食事ですよ、食事」
「なるほど……?」
「お鍋にしましょう、それならきっと簡単です。切るだけですし」
「まあ、そーな?」
「何鍋にします?」
「いやー、オレは何でも大丈夫だケド……」
「じゃあ豆乳にしましょうか。好きです豆乳」
「お、おう」

 食べ物の話になると、彼女のテンションは普段よりぐっと上がる。普段であればある程度秀もついて行くのだが、先ほどからエンストを起こしたままの脳内では相づちが精一杯だ。それでも彼女は気にせず材料をどんどん放り込んでいる。白菜、長ネギ、人参、肉、肉、肉――。

「肉多くね?」
「好きでしょう?」
「そだケド」
「じゃあ問題ないですよね?」
「ウィッス」

 そんな感じで大量の買い物をし、優は満足げに袋を抱えた。秀ももちろん持ってやったが、それにしてもすごい量だ。これを全て食べ尽くすつもりだろうか。つもりなのだろう。彼女の食欲のすごさは秀も知っている。

(にしてもこれ持って家まで帰るのは大変そうじゃねーかな……、と?)

 スーパーを出ると、見覚えのある車が前に停まっていた。

「……随分買い込んだな?」
「宙。お迎えありがとです」

 車から出てくるなり苦笑した男性――彼氏様のご登場である。なるほど、これなら大量に買い込んだのも納得できる。
 展開が展開なものだから果たしていつものノリで挨拶をしていいものかと視線をさまよわせていると、優から荷物を受け取った宙と目が合った。コテリ、と彼はわずかに首を傾げる。

「どうした? 乗るんだろ?」
「お、お邪魔しまーす……?」

 ええい、なるようになれ。


***


 家はしっかりとした間取りであり、綺麗なものだった。掃除が行き届いているのだろう。女性にしてはやや殺風景かもしれないが、それもまた優らしいのかもしれない。彼女は見た目に反してサバサバしているところがある。

「はい、秀」

 着くなり、テーブルの上に材料を乗せ手を広げた優に、秀は一瞬反応が遅れてしまった。
 え、と声が漏れる。彼女はまるで「さあどうぞ」と言わんばかりのポーズをしているけれど。

「待って待って、え? オレが切るの?」
「私も宙も得意じゃありませんし」
「だからって、え? マジで?」

 うっかり笑ってしまったが、どう見ても彼女は本気だ。いい笑顔でサムズアップまでしてくる。

「宙なんてこの前、包丁で指切って倒れま「何言ってんだ」ぶぇぇぇ」

 背後から現れた宙がわしっと彼女をつかみ、そのままポイッと居間の方に押しやった。放り投げたに近かったかもしれない。奇声を発した彼女は抵抗する術もなく遠ざかっていく。コントだろうか。どちらも素の動きっぽいが。

「まあ、悪いな。そんなわけでやってくれるんなら助かる」
「まー、それくらいお安いご用だケドさ。お邪魔しちゃってるし。にしても、お宙も繊細なのなー?」
「うっせ」

 笑いかけたような、顔をしかめたような、複雑で器用な表情を作った彼はそのまま居間に向かった。何やら優がわーわーと言っているのが聞こえる。勢いが速いため何を言っているのかまでは聞き取れないが、随分と賑やかだ。

(そんじゃまー、やりますかね、っと)

 流されるままにここまで来てしまったが、実際、秀もお腹は空いてきた。――先ほどまでは空腹なんて忘れていたのに、現金なものだと思うと、少し、笑えてきた。


***


 さっくりと材料を切り終えて居間の方に向かうと、優が笑顔で出迎えてくれた。視線は材料に釘付けだ。

「わぁい、早いですねっ」
「切るだけだったしなー」
「ささ、お鍋はそちらのテーブルに用意してますよ」
「おおー……お?」

 ソファー前のテーブルには確かに一つの鍋が鎮座している。その奥には宙がどーんと座って待っていた。
 ぐい、と優に引っ張られるままに、秀はその隣に腰を下ろす。

(…………ん!?)

 流れるような動作だったので油断した。優が「さてと」と秀の隣に座った辺りで秀も我に返る。ちょっと待て。おかしくないか。この配置はおかしくないか。なぜ、恋人たちを引き裂くように間に座らなければならないのか。居心地が悪いにも程がある。
 チラリと宙を見ると、表情はひとまず不機嫌ではなさそうだった。そのことにホッとしつつ、主犯であろう右隣の彼女を見やる。

「あの、優、優さん」
「はい」
「この配置はちょっと」
「何です?」
「いや、フツーにおかしくねーかなぁと……」
「秀」
「ハイ」
「逃げられませんよ?」

 にたぁ、と怪しげなまでに彼女は笑みを深めた。――あ、悪い顔だ。

「ぶは、ちょ、逃げるって。オレは脱走犯か何かっすか」
「リードをつけてないと鉄砲玉のように飛んでいく犬ですかね」

 予想以上に彼女の中の自分がしょっぱかった。犬って。しかも鉄砲玉って。
 わずかな振動を感じて左を見れば、宙が口元を押さえて笑っている。何やら想像してしまったらしい。――この野郎。
 そんなこんなで始まった鍋だが、食べている間は思っていたよりも普通だった。さすがに三人並んでソファーに座っているのは狭さを感じるが、ワイワイと食べていれば段々と気にならなくなってくる。相変わらずの優の食欲に感心しつつ、美味しいなぁ、と思う。やはり誰かと食事をするというのは好きだ。一層美味しく感じられるというものである。

「ところで、何で急に鍋になったんだ?」

 鍋も後半、お腹が膨れてきた辺りで、宙が今更のように聞いてきた。秀は瞬く。優が何をどう言っていたのだろうかとも思っていたが。

「何も聞いてねーの?」
「ああ」
「あー……それはなんか、ほんと申し訳ない……」
「いいんですよ。みんなでお鍋するのに理由がいりますか?」
「そうかもだケドさー……」
「強いて言うなら、あのままだと秀が何も食べなさそうだったので」
「うぐ」
「……? 何かあったのか?」
「いやぁ」

 素朴に尋ねられ、秀は曖昧に言葉を濁した。何かあったような、なかったような。あった、と言い切るには、自分も自分自身のことが整理できていない。

「先輩に怒られたそうです」
「怒られた?」
「まー……ハイ、そうっすね……ハイ」
「何やらかしたんだよ」
「……お仕事一杯詰め込んだ?」
「は?」
「ただでさえ働きまくってるのにバカですかあなた」
「優さん辛辣!」

 ばっさり切り捨てられ、思わず声を上げる。悲鳴じみた声になってしまったが仕方ない。いつものことと言えばいつものことだ。

「何でまた」
「……、……なんかモヤモヤして」
「モヤモヤ?」
「変に考えても仕方ねーから、いっぱい働いて忘れようとして」
「……昌明のことですか?」
「わかんねーや」

 ハハ、と笑う。本当に自分でもよく分からなかった。ただじっとしていると、その得体の知れないモヤモヤが増幅してしまいそうで、妙な焦燥感に駆られてしまった。
 冷えた麦茶を呷り、秀は一息ついた。
 とりたてて隠す気はなかったが――果たしてどこまで話していいものか。

「えーと。全然楽しい話でも何でもねーし、あんま意味のない話なんだケド」
「別に俺は気にしないけど」
「私も大丈夫です」
「……んと、スゲー最初からの話になるんだケド」
「はい」

 一瞬躊躇い、しかし覚悟を決め、秀は小さく口を開いた。

「優には少し言ってたケド、……オレのじいちゃん、精神科にかかってて」

 宙が瞬く。何となくそれを直視する気にはなれなかった。持っていたコップを手持ち無沙汰にいじりながら、秀は一つ一つ言葉を選んでいく。

「あ、今はケッコー平気なんだぜ。だからそれは大丈夫。ただまあ……ヤベーときはケッコー症状も重くてさ。昔は入院したりとか、色々あって。で……まあ、何だろ。何があったのか知らないケド、ナルも似たような症状になって」
「あいつが?」
「あのときのじいちゃんと比べたら対象も違うし症状も軽いし、全然大丈夫なんだケド……そこはほんと、心配してないんだケド。ただ……オレ、何もできてねーなぁって、思ったりして? じいちゃんがああなって、そういうのなくしたくて医者目指してんのに、なんか……このままじゃ全然ダメだなって、……もっと頑張んなきゃって、思って」

 でなければ――そうしなければ――あの頃から、何も変わらない。

「だから色々やんなきゃって……思ったんだケド、そしたらセンパイに怒られまして。患者をストレス発散の道具にすんなって。あはー。センパイ、チョー手厳しいっすわー」

 ヘラリと笑う。居たたまれない。思い返すとグサリと胸に突き刺さる。
 そんなつもりがなかったとはいえ、確かに自分のモヤモヤを晴らすために仕事を詰め込んでいたのであれば――それは真に患者のためとは言えないのかもしれなかった。それはきっと現実逃避だったのだろう。ストレス発散――だったのだろう。先輩はきっと、そういった秀の心境を見抜いていたのだ。恐れ入る。勝てる気がしない。

「それでどうしていいか分からなくなって、へこたれてました。以上。おしまい」

 言ってしまえば、あっさりとしたものだった。ただ一人で焦って空回りしていただけだ。それが分かってしまったからこそ、情けなさも人一倍である。
 ほんの少しできた沈黙が居心地悪くソワソワし始めると――ペン、と優に膝を叩かれた。落ち着けということらしい。何も叩かなくても。

「……少し聞いただけですけど……」
「ん?」
「昌明はとっさの処置が適切だったから、悪化することもなく、回復も早いだろうと」
「…………え」
「言っていたのはタラコ先生のようだったので嘘でもお世辞でもないかと」
「……マジで?」
「ふ。それならお前がしたことの意味、あったんじゃないか?」
「……そう、なんかな?」

 にわかには信じられず、秀はポカンとした面持ちで瞬いた。だが確かにタラコ先生――タラコ唇が目立つのでそう呼ばれているだけで実際は鱒沢先生だ――は、普段から厳しい分、嘘やお世辞は口にしない。そもそも秀本人のいない場でお世辞を言う必要もないだろう。

「……」

 間違ってはいなかったのだろうか。少しは進んでいるのだろうか。このまま進んでも――いいのだろうか。

「……そっか。そっかぁ」
「そもそもですよ。研修医なのにプロ並みなことをしようと思う方が烏滸がましいんですぅー」
「ぶは、優、それ誰の真似?」
「秀のですけど?」
「デスヨネ!」
「やめろよ……その真似腹立つんだよ」
「あれ!? お宙、オレのこともディスった!?」
「……」
「無言! やめて!」
「ところで最後のお肉とか野菜とかさらっちゃっていいです?」
「いいケド! マイペース!」
「あ、締めのラーメンしましょう!」
「いいな」
「あ、オレも食いたい」

 結局その後も何かと食べたり話したりし――デザートも追加だ――夜はすっかり更けていた。酒を飲んだわけではないが、優はスヤスヤおやすみモードだ。それを寝室まで連れていった宙――男前である――が、鍵を取る。

「遅くまで付き合わせて悪かったな」
「いんやー、むしろごめんなー。なんか邪魔しちまって」
「それはいいけど。もう電車ないだろ? 送ってくよ」
「え、タクシーでも拾えばいいって。お宙も疲れてんだろ」
「運転好きだし気にすんなよ。それに高いぞ、深夜料金」
「うぐぅ……じゃあ、お言葉に甘えて?」
「おう」

 押し切られて乗り込めば、着信があった。ちら、と宙を伺うように視線を送れば、「出れば?」とあっさり言われる。シートベルトを締めてからディスプレイを見ると、着信相手は鳴瀬だった。

「……もしもし? ナル?」
『出るの遅ぇ』
「そもそもこんな時間に掛けてきてるってのに横暴だなオイ」
『ついさっき起きたんだよ。そんでシュウ、明日から休みだって?』
「うぇ」
『鳴瀬くんがいなくて寂しさの余り調子狂っちゃいましたかぁー?』
「違いますぅー鬱陶しいこと言わないでくださいぃー」
『その言い方もうっぜ』
「もー何だよ。つーかどした? 調子大丈夫かよ?」
『まあな。ボチボチ。ただ俺も明日はさすがに様子見で休めって言われてよ』
「そりゃそうだろ」
『暇だから遊ぶべ』
「休めよ病人」
『心を癒すには楽しいことしなきゃなー? イイコトしてもいいけど、さすがに体力ねぇし』
「ったくもぉ……」

 傍若無人にも程があることをベラベラ話す相手に苦笑しか出ない。ある意味いつも通りといえばその通りで、どこか安心している自分がいるのが悔しいくらいだ。これが通常運転だなんて恐ろしい。

「まあ……でも、そだな。楽しいことしたいって思えるのはいいことだろうし。賛成っすわ」
『おう。そんじゃ明日起きたら連絡しろよ』
「ちゃんと寝ろよー」
『お前もな』

 ポンポンとやり取りを終え通話を切ると、知れずため息が漏れた。もしかしたら安堵の息だったのかもしれない。そう思うのは複雑で、何だかなぁ、という気持ちになる。

「良かったな」
「ん? ん~……ん~?」
「何だよ」
「ふは、んや別に。……お宙もさぁ、あんがとなー」
「?」
「お鍋。美味かったし楽しかった」
「そっか。疲れなかったか? 優の奴また暴走してたし」
「うはは。あの暴走っぷり好きよー、オレ」
「物好きだな」
「お宙、それ、スゲーブーメランだからな? なあ彼氏様?」
「……」
「ふふ。優にもありがとって言っといてくれな。休み明けたらオレからもまた言うケドさ」
「ああ」

 宙の頷きに満足げに笑う。
 ――何も変わってはいないのかもしれない。きっと自分は今も、これからも不安定だし、何度でも間違ってしまう。
 それでも、こうして前を向けるのであれば――向かせてもらえるなら、きっと、大丈夫なのだろう。
 その緩やかな安堵感に身を委ねるように、秀はシートの背もたれにそっと体重を預けた。

 夜が明けるまで、あと、数時間。
 さて――明日は、何をしようか。


***

セッション『存続の村』の後の有馬君事情でした。
初参戦であった友人の鳴瀬君が元々低SAN値だったのもあり、がっつり一時的・不定共に陥り。
しかも狂気の内容が内容だっただけに、ちょっと思うところがあり。
だけどまあ、それでもありがたいことに日常はやってくるのです。
そんな感じで。
中身のない覚え書きみたいお話でしたけど、お付き合いいただきありがとうございました!
幼馴染み組さんもお借りして好き勝手書いちゃいましたけど、ありがとうでしたー!キャラブレほんとすみませんんんん
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