ただただ自分だけが楽しいんだ!仕方ないんだ!第四弾


さみしがり屋に贈る五題

01. おでこ、こつん。
02. 足の大きさが違う
03. つめたい手とあったかな心
04. 言い訳はこれにしようかな
05. その総てが、幸せだった

お題配布サイト:Kiss To Cry

*****

 有馬秀の日常は忙しい。
 研修医という身である以上、当然といえば当然だった。職場へ一刻も早く慣れること、試験の勉強、上級医のサポートとやるべきことは盛り沢山である。覚えることは腐るほどあるし、それを現場に適用させるために四苦八苦したりと課題も多い。予定が急に変わって休日に呼び出されることだってある。
 人と話すことが苦でない秀は、問診などはむしろ好きだ。上手くいかないことも多いが、それでもめげずに続けていられると思う。ただどうにもこうにも、黙っていることが苦手なので、レポートなどが溜まってくると正直なところしんどいものがあった。しかし泣き言など言っていられないのが現実であって。

(うわ~あぁ……)

 積み上げられた文献にひきつり笑いしか出ない。パソコンを立ち上げたものの、何だかすでに気が重い。ブルーライトカットの眼鏡をしたところで気休めにもならなかった。目がぱしぱしする。

(くそー、当直替わりすぎた……)

 何度見ても減るはずのないその量に、げんなりとため息をつく。
 ――意外とでも言うべきか、秀は頼み事をされることが多かった。何せ、誰彼構わず輪の中に突っ込んでいくので顔と名前を覚えられやすい。そのせいで「これできる人誰かいない?」「知らねー。あ、秀は?」とうっかり無駄に名前が出てきやすいらしい。秀としては「知らんがな」である――が、ものすごく大変なことを頼まれるわけでもなく、ちまちまとした頼み事なので、これまたうっかり出来てしまうのだ。出来ないことまで引き受けるつもりはないが、出来ることなら、まあいいかとなってしまう。その場のノリと勢いは怖い。

「おい、有馬」
「ウィーッス」
「まだ帰んねーのか」
「あ、はい。もうちょっと。溜まってるものあるんで。センパイは帰るんすか?」
「おう。予定あるからな」
「やだ~寂しいっすよセンパーイ」
「あ?」
「サーセン!」

 冗談混じりに言った矢先に足を振り上げられ、秀は慌てて頭を下げた。よく世話になっているこの先輩は、非常に手も足も早い。その上威圧感たっぷりだ。秀はよく戯れ言を言っては蹴り上げられる。秀より体格が小さいものの、それを冗談でも言うのはよほどの勇者でなければ無理だろう。中には「ゴリラだわ……」と言う者もいるほど、彼のパワーはシャレにならないのだ。

「お前バカだからな。あんま詰め込みすぎんなよ」
「帰り際にまでディスってくセンパイのスタイル……!」
「うっせ。抉るぞ」
「お疲れっしたー」

 どこまでも凶暴な先輩にヘラリと笑顔を向け、秀はパソコンに向き直った。これ以上下手なことを言って本当に抉られたらたまったものではない。ここで屍になっている余裕などないのだ。
 ふん、と鼻で笑った先輩は、そのままヒラリと手を振って帰っていった。




「…………終わったー!」

 あれからどれだけ時間が経っただろう。そう思うものの時計を見る気力もなく、秀は机に突っ伏した。しんどかった。本当に。それでも意地で間に合わせたのだからとてもよく自分を褒めてやりたい。頑張った。やれば出来た。
 ふと携帯電話を見れば、同期からメールが届いている。それは自分と同じ課題に取り組んでいる者からで、終わらないという泣き言メールだった。ふ、と息が漏れる。――そうだろうそうだろう。なんといってもこの課題は鬼すぎた。
 それからもう一通。見れば妹の詩麻からで、自身の体を気遣うような内容が記されている。その優しさが身にしみた。

「あー、疲れた……しまちゃんに返信……や、もう寝ちゃうよなぁ……明日にすっかぁ……うううううん」

 ブツブツ言いながらも疲れ切った身体には癒しがほしく、秀はポチポチとメールを打った。レポートで疲れ切っているが大丈夫である旨の内容を打ち込み、送信。再びその場に突っ伏す。

(部屋暗ぇー……暖房切れてんのスゲー寒いぃ……ヤベー眠い……)

 早く帰ればいいのだが、もはや帰るのも億劫だ。疲れ切った思考はグズグズに溶けている。そうやっていくらかだらけていたら。

「おい」
「……」
「おい」
「――ぅはい!?」

 沈みきりそうだった思考が急浮上し、秀は慌てて飛び起きた。落差に脳が混乱している。心臓がバクバクだ。
 一体何事かと、秀はどぎまぎしながら周囲を見やった。

「は……セン、パイ……?」

 ドアの前に立っていたのは、数時間前に帰った先輩だった。秀は目を丸くする。なぜ彼がここにいるのか。混乱した脳では理解ができない。

「え? センパイ帰ったんじゃ……? 忘れ物っすか?」
「用事が終わったとこでな」
「はあ」
「ちょうど近くにいたんだが、お前からメールがあったから覗きに来た」
「……は?」

 意味が分からず何度も瞬く。
 ――メール? 自分が? センパイに? いつ?

「いや、オレ送ってな…………ああああああああ!?」

 怪訝に思いながらメール画面を確認した秀はその場に崩れ落ちた。妹に送ったはずのメールの宛先が先輩になっている。
 嘘だろう。まさか。そんな。
 返信ではなく何故か新規から送信していたようで、それも我ながら意味が分からない。しかもそこで宛先の選択を間違うとは。完全に疲れ切り思考が麻痺していたようだ。

「違……センパイ、すみません、これ、ち、ちが、違うんすー!」
「落ち着け」
「痛い!」

 容赦なく叩かれて悲鳴を上げる。精神的にも身体的にもオーバーキルだ。いや、普段の蹴りではない分、少しは加減されているのかもしれないが。

「とりあえず終わったんだろ」
「うぃっす……」
「お疲れ」
「あ、あざーす……?」

 差し出された缶ジュースを受け取ると、それはまだ温かかった。どうやらココアのようで、秀は缶と先輩を見比べる。

「いいんすか、センパイ」
「それくらいケチんねーよ」
「や、でも間違ってメール送っちゃった上にこんな」
「うるせえ飲め」
「うぃっす」

 ふん、と言い放った先輩に姿勢を正してありがたく頂戴する。その場で開けると甘い香りが鼻腔をくすぐった。一口。舌が、脳が、甘さを、温かさを認識する。――しみわたる。

「うわぁぁぁ生き返る……」
「飲んだら帰るぞ」
「え?」
「終わったんだろ」
「あ、はい」
「じゃあ帰るぞ」
「いや、え、あ、はい?」
「あ? 普段の無駄に回る口はどうした。何が言いたいか分かんねーよ」
「センパイも、ですか? ……じゃなくて、えーと……待っててくれるんすか? つーか……えぇとですね、えーと」

 自身の言いたいことがどうにもまとまらず苦戦していると、何となくだが意味は伝わったらしい。一瞬呆れたような顔をした先輩が、フッと鼻で笑った。ニヤリと口の端を上げて。

「待っててやるよ。寂しいんだもんな?」
「え」
「俺が帰る間際に駄々こねてたろ。やだ~寂しい~って」
「あれはジョーダンで」
「メールでも疲れた~って泣き言じみてたしな」
「ああああああ」

 ニヤニヤと笑う先輩に頭を抱える。本当に失敗した! 自分のバカ野郎!

「だからさっさと飲め。そんで帰るぞ。明日も仕事だ」
「……はい」

 羞恥に顔を歪めながらも、迷った挙げ句、秀は一つうなずいた。
 らしくもないメールを送ってしまったのも、その宛先を間違ったのも、先輩がいやに優しいのも――全部全部、疲れているからだ。ただ、それだけだ。
 そう、誰にかも分からない言い訳をし、秀は残っていたココアをぐいと呷った。


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素直な優しさには、弱くって。言い訳なしじゃ、やってらんない。
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