IF無敵戦隊PG:朽ちた翼を休めて、

『IF無敵戦隊PG:壊れた鳥かごの中で、』の前にあたるものです。
説明的なものはそちらの記事に。




「しばらくはあなたに任せます」
「……は」

 それは、本当に突然の出来事だった。自身の目の前には、二人の少年の姿。自分よりもずっとずっと幼い、言ってしまえば息子のような子供だった。
 およその流れは聞いている。排除すべき存在として自分たちにも通達されていた、無敵戦隊ポイントガードにいたという二人。その二人を洗脳なのか言いくるめなのか、はたまた別の何かなのか――ともかく真っ当ではないであろう方法でズガターカ帝国の勢力に引き入れることに成功したということは僕の耳にも入っていることだった。

「やるべきことや場所は後ほど。頼みましたよ」

 トラベリング様に言われてうなずかないわけにもいかず、訳も分からないまま、僕は反射的に服従の姿勢を取っていた。その横でぼんやりと突っ立ったままの存在というのは、やけに不自然で慣れないものだった。後に名前を知らされる。やたらニコニコとしているのが、高尾和成。ひたすら無表情なのが、伊月俊。その呼称が必要なものなのか、僕にはいまひとつ分からなかったけれど。


 そうして指示されたのは、白くてただただ広いこの部屋で、二人の日常的な世話をすること。
 初め連れてこられた二人は、どこか不安定だった。ニコニコとしているかと思えば、ふいに迷子になったかのようにパニックを起こす。一方、ずっと無表情でいたかと思えば、急に膝を抱えて震え出す。二人揃って物を投げつけてきたときはさすがに焦った。反旗のつもりかと問いつめれば、高尾くんはきょとんとした面持ちで首を傾げるし、伊月くんは興味が失せたかのように行動を止めるし、もう、とにかく文字通り振り回された。
 そうして時間が経ち、ある程度のことが分かってくる。
 二人にはそこそこの知識が残っている。だけど、それを自身で理解できているかというと非常に危ういラインだった。記憶も所々朧気で、ちぐはぐに繋ぎあわされたのであろうそれが、ますます彼らの行動や人格を打ち壊していく。退化したわけではない、けれど、決して正しくはない幼子――矛盾しているような気もするし上手い表現ではないだろうけれど、とにかく二人はそんな存在と成り果てているようだった。

「あのね」

 必要最低限の世話と、観察。言いつけられたその内容はそれほどやることがなくて、仕方なくぼんやり様子を見守っていたら、高尾くんがひょいと顔を覗き込んできた。彼は妙に人懐っこい。初めはパニックを起こしていたものの、時間が解決したのか、今ではほとんどいつもニコニコと笑って僕の近くをうろつくようになった。白くてやたらと広い部屋では、他に面白いものもないからだと思う。物をやたらめったら投げられた日から、少しずつここに置かれるものは減っていったから。

「……何かな」
「なまえ」
「え?」
「なまえは?」

 嬉しそう、と言えば聞こえがいいかもしれない。けれど感情に揺れ幅があまり見られないそのトーンは、ずっと傍にいるとこちらの気が触れてしまいそうなほどだった。そんな調子で言われたものだから、意味を咀嚼するのに少なからず時間がかかった。それでも彼の笑顔は揺らがない。

「……ない、なぁ」
「ない?」
「まとめてジョッカーと呼ばれる、くらいかな」
「じょっかぁ、さん?」

 ひたすら無邪気に、幼い口調で繰り返した彼は、コテンと首を傾げてみせる。うん、そうだよ、と肯定してやれば一層高尾くんの表情は輝いた。まださらに笑顔になれる余地があったのは、正直驚きだ。一応これも報告すべきか。

「伊月サン、伊月サン。じょっかぁさんだって」
「……」

 高尾くんの言葉に反応した伊月くんは、顔を上げてじっと僕を見やる。その視線にはどんな感情が込められているのか、僕にはさっぱり分からない。読めなさすぎて、逆にこちらの考えが読まれているのではないかと思えるほどで、背筋が凍りそうになった。
 ……すっかり歪んだ方向で人格を確定してしまったせいか無警戒になった高尾くんと違って、伊月くんには、まだどこか周囲への警戒があるようだった。かといってきちんとした記憶があるのかと思えば、そんなこともないらしい。ただ訳も分からず怯え、警戒している――そしてそれ以外の状態を知らないという方が正しいような印象を受けた。

「……じょっかぁ、さん」
「発音がおかしな気もするけど、まあ、いいよ」
「いいの?」
「ああ。別に困らないから」
「そっかぁ」
「……そっか」

 それから、うん、何でだろうか。彼らは、僕に気を許したのか、やたらと話しかけてくるようになった。高尾くんは無意味なほどの至近距離で、伊月くんは絶対に三歩以上離れた距離だったけれど。




「じょっかぁさん」
「ん、何かな」
「じょっかぁさんは、いっぱいいるね?」
「あぁ……見た目は同じに見えるかな」
「? おんなじじゃないの?」
「どうだろう」
「……?」
「僕にも、よく分からないよ」
「ふぅん」

 この日、高尾くんは座っていた僕の頭をぺちぺちと叩いてきたし、伊月くんはしばらく迷った様子の後、おずおずと食事の一部を差し出してきた。多分、また少しだけ心を許した証、みたいなものなんだと思う。意味はよく分からないけれど。けどまあ、子供ってそういう理屈じゃないとこ、あるからなぁ。




「じょっかぁさん」
「ん、どうしたかな」
「あのね、じょっかぁさんは、おしゃべり、できるね?」
「そうだね」
「なんで?」
「何で、って……?」
「……俺の知ってるじょっかぁさんは、喋ったこと、なかった」

 伊月くんがポツリと言い、高尾くんもうんうんとうなずいてみせる。……俺の知ってる、ねえ。果たしてどのことを指しているのか、僕としてはやや判断に迷ってしまう。きっと、彼らがここに来る前の話なんだとは思うけれど。……やっぱり記憶が完全になくなっているわけではないようだ。報告、しないとなぁ。

「そうだなぁ……僕が喋れるのは、ここにいる間だけだよ」
「ここに……?」
「うん。そうだね、ちょっと今日は、僕の話もしてみよう」

 いつもは聞いてばかりだから、たまにはいいじゃないか。二人とも嬉しそうだし。いや、高尾くんが嬉しそうなのはいつものことで、伊月くんは無表情すぎて嬉しそうか分からないんだけど。けど大人しく座り出したから、聞きたいんだろうと勝手に判断する。

「僕が話せるのは、この基地の中だけなんだよ。それは多分、他のジョッカーも同じだ」
「なんで?」
「そういう風に作られているんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
「ふぅん」
「……作られてるって?」

 あっさりと納得した高尾くん(けど十中八九分かってない。彼はどうやら返事が返ってきたという事実だけで満足する傾向がある)と違って、伊月くんもまたポツリと尋ねてきた。

「僕はね、元々、君たちと似たような生き物なんだよ」
「ちがうよ? ねえ、伊月サン」
「ああ……似てない」

 この子たちって難しく考えない分、はっきり言うよなぁ、と少しだけ苦笑する。お話はちゃんと最後まで聞きましょう。ここ数日でそう教育してきたつもりなんだけど、いかんせん、壊れた常識のせいでフリーダムだ。

「まあ、僕は大人で大きいし、住んでた世界も多少は違うと思うけど……でも本当なら、きっと少しは似てたと思う」
「うーん」
「難しいかな」
「わかんないや」

 満面の笑みで言う台詞じゃないよね、高尾くん。ジョッカーさん、脱力しそうだよ。まあ、いいけど。下手に理解されると、多分、僕の方が困ってしまうから。

「とにかくね、僕もふつうに生きていた、ただのニンゲンってやつだったんだよ。でも僕の星は侵略されてね」
「シンリャク?」
「ズガターカ帝国に滅ぼされたって言えば、わかるかな」
「……」
「……」

 わからないのか。いや、わかりたくないのかな。この子たち、基本はいやに素直になったけど、時々無意識の部分で拒否反応示す節があるからな。それを一つ一つ、丹念に潰していくのも僕の役目だ。

「僕の星は、ズガターカに、全部全部、壊された」
「ぜんぶ?」
「全部」
「……」
「伊月サン、大丈夫?」
「……ん」

 伊月くんの反応が鈍いのはいつものことだけど、うーん、大丈夫だろうか。そっと頭を撫でると、そのまま受け入れてもらえた。少しだけその事実に感動する。

「ええと……そうだな、とにかくそれで、僕はこの基地に連れてこられた。それで、改造されたんだ。たくさんある駒の一つとしてね」
「んー」
「高尾くん?」
「んー……だからじょっかぁさんはいっぱいいるんだ?」
「まあ、そう考えてもらってもいいのかな……? 中には僕と同じやつもいるさ。ただ、最初からジョッカーとして生まれてきたやつもいるし、あとは……うーん、色々いるよ」
「そうなの?」
「そうなの」
「そっかぁ」

 おうむ返しにうなずけば、高尾くんはことさら嬉しそうにうなずきを返してきた。伊月くんはぼーっとこっちを見たままだ。眠いのかもしれない。いや、わからないけど。

「どこまで話したかな……あぁ、もう時間だ」
「えー」
「えー……」
「うーん、じゃあ、続きはまた今度にしよう。ちゃんと寝るんだぞ、二人とも」
「うん」
「……ん」

 本当に素直になったなぁと思いながら部屋を出る。外から覗くと、二人は大人しく寝ることにしたようだった。……それにしても、喋りすぎたな、本当に。



「じょっかぁさん」
「……じょっかぁさん」
「ジョッカー、なんだけど……」
「「じょっかぁ?」」
「ああ、うん、まあいいさ」

 相変わらず間の抜けた呼ばれ方だけど、きちんと言えないなら、自分には他の名前がないから――あったんだろうけど覚えてもいない――仕方ない。困りはしないし、放っておく。さて、それより。
 二人がどんどん自分に慣れてきているのがわかる。遠慮もなくなってきた。あと、僕がこの部屋に来る前は戦う練習もされているらしいけど、身体能力は衰えていないらしい。あくまでも僕は結果を聞かされただけで、どれくらいのものなのかはわからないけれど。きっと知る必要もない。

「じょっかぁさん、続きは?」
「……覚えてたのか」

 ちょっとビックリした。二人は割と色んなことに興味津々で、だけど同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に無頓着だから。聞いたその直後にすぐ忘れる、ということもしばしばあった。というか「じょっかぁさん」が定着するまでにも何度も「なまえは?」「ジョッカーだよ」だなんてやりとりを繰り返していたりする。何度繰り返しても「じょっかぁ」から「ジョッカー」になることはなかったけれど。

「改造された、っていうところまで話したんだったかな」
「じょっかぁさん、改造されたんだねぇ」
「……」

 あぁ、うん、しみじみ言ってるところ悪いんだけど、高尾くん。やっぱり内容、覚えてないんだね、うん、ジョッカーさんそんな気はしてた。伊月くんも無表情に首傾げてるね。全然覚えてないよね、君たち。
 これ話す必要あるのかな、って思ったけど、話さないと二人が離してくれなさそうだったから、仕方なく昨日と同じ内容をかいつまんで口にする。二人は素直に耳を傾けていた。

「そんなわけで、僕は改造されたんだけど」
「うん」
「その影響だと思うんだけどね。この基地を出ると、僕は何も覚えていないんだ」
「……うん?」
「……?」
「簡単に言えば、操られているんだと思うよ。それに、僕と君たちの星は違うからね。こうして喋れるのは、ズガターカたちによるある種のテリトリー内で、言語も統一されているからなんだと思う」
「うん?」
「……?」

 わからないか。そうだろうな。僕だってよくわかってないし、正しいかもわからない。

「ともかく、だ。改造されてしまった僕の意思は、この基地の中でだけ生きている」
「生きてるの?」
「多分だけどね」
「……外では、死んでるんだ」
「……似たようなものかも、しれないね」

 二人の悪気はないであろう言葉に、僕はどんな表情を浮かべていいかわからなかった。まあ、どうせこの覆面じゃ、どんな表情したって意味はないんだけど。僕は自分がどんな表情をできるのかも理解していない。その点、僕とこの二人はそんなに大差がないのかもしれなかった。

「えっと、じょっかぁさん」
「何かな」
「オレたちは生きてる?」
「……」

 何て答えていいのか詰まってしまって、僕は「今日はここまで」と二人の頭をそっと撫でた。
 どうだろうね。今まで築き上げていた全てを断ち切られて、心ごと壊されて、君たちは生きていると、そんなことが言えるんだろうか。そしてこの状況を甘受し諦めてしまっている僕もまた、生きているだなんて本当に言えるんだろうか。僕には、わかりそうにない。




「じょっかぁさん」
「じょっかぁさんは、何で、俺たちと一緒に……?」

 おや、と思う。今日は伊月くんの方から積極的に働きかけてくれた。相変わらず何を考えているのかわからない表情だけど、少し嬉しい。ちなみに何も考えていないわけではないんだと思う。伊月くんは、よく、反応する前に一呼吸置くから。何かを考えて、そしてそろりと言葉を押し出してくる印象だ。その点高尾くんはぽーんと言葉を放り投げてくる。伊月くんもそうなってしまった方が、きっと楽なのになぁと可哀想な気持ちが込み上げた。何だかんだ、僕はこうして意思の保てる時間が、少し、ほんの少し苦痛になってきているから。……だって、考えたところで、僕はもうジョッカーで、ズガターカの駒で、それは変えられようのない、抜け出せない事実なんだろう。それでももう反抗する気力も起きないのは、頼るものも守りたいものもなくなって腑抜けてしまったからなのか、もしかしたら今も操られているからなのか。
 とりあえず、聞かれたからには質問に答えないといけない。そうトラベリング様にも指示されている。

「何で一緒にいるのか、だったかな。それはね、命令だからだよ」
「そうなの?」
「そうなの」

 高尾くんの怒濤の「そうなの?」攻撃にも随分と慣れてしまった。最近はむしろ、それを聞かないと彼らと話したという実感に乏しくなりそうなほどだ。

「あぁ、でも……」

 こんなこと、言うつもりはなかったんだけど。僕も彼らに絆されたんだろうか。つい、遠い記憶を呼び覚ましてしまった。

「僕には息子がいたんだ。ちょうど、君たちくらいの年代だった」
「……息子」
「うん。まるで息子と話しているよう……ではないけど、でもまあ、久しぶりに思い出しているよ。ひどくぼんやりした記憶だけどね」

 勝手なことだけど、息子が君たちみたいになったら、可哀想で親としては見てられない。……いや、でもどうかな。そんな姿になったとしても、生きていてほしかったかもしれない。もう、それも考えたって仕方ないことだけど。本当に考える時間というのは厄介だ。

「じょっかぁさん、お父さんだったんだ?」
「昔はね」
「じょっかぁさん、……寂しい?」
「……どうだろうな」

 無邪気に、無表情に、何らかの情を向けてくる、まるで雛鳥のような彼ら。
 少しばかり居たたまれなくて、僕はいつもより早く、この広くて窮屈な鳥かごから出ることにした。




「じょっかぁさん」
「じょっかぁさん」

 覗き込んでくる、二対の瞳。空高く羽ばたく鳥を思い浮かべそうなソレ。

「……なにかな」
「痛い?」
「苦しい……?」

 君たちの質問は、時として本当に難しい。厄介だ。
 痛いか。苦しいか。そうだな。どうだろう。痛覚はある程度遮断されているから、ちょっとの怪我なら大丈夫なんだけど。でも君たちはそんなこと知らないし、そもそも「ちょっとの」どころじゃないんだろうね。よくもまあ、ここに戻ってこれたもんだ。正直立ってられないから壁によりかかっているわけだけど、こんなだらしない姿でも今日ばかりは許してほしい。ある意味自由奔放な君たちは、そんなことも気にしないだろうけど。
 ねえ、高尾くん、伊月くん。無敵戦隊ポイントガードにやられたと言ったら、君たちはどんな顔をするかな。変わらないかな。少しは、思うことがあるだろうか。まあでも、わかんないよな。難しいよな。

「じょっかぁさん?」

 答えない僕に、二人の目が曇る。珍しい感情の色が少しだけ嬉しかった。さあ、痛いか、苦しいか、だったかな。何て答えようか。

「……君たちは、これで、いいのかい……?」
「……?」
「じょっかぁさん?」

 ねえ、聞いてくれるかな、無垢な雛鳥さんたち。
 君たちは、本当にこんなところにいていいんだろうか。このまま壊れてしまって、いいんだろうか。この部屋は広いかもしれないけれど、天井はとても、そうとても低い。君たちには、きっと窮屈すぎる。
 外の記憶なんてあまりないけれど、確か地球は、とても青かったね。海の色。空の色。こんな無機質な白より、そんな澄んだ色が、君たちには似合う気がしてならないんだ。僕の勝手な感想だけどね。

「高尾くん、伊月くん」
「……」
「君たちは、きっと、もっと遠く、高くまで飛べると思う」

 二人はきょとんと瞬いて、互いに顔を見合わせた。

「じょっかぁさん、ねえ、……じょっかぁさん。起きれない? 眠い?」
「そう、だね、少し、眠いかな。だから今日はあまりお話もできないんだ。ごめんね」
「お布団……持って、こようか」
「いいや、大丈夫。大丈夫だから、少しだけそこで聞いてくれるかな」

 本当に、起きているのがつらいからさ。長話もできないし、だから少し、少しでいいから君たちの時間をくれないか。
 といっても、何を話そうか。所詮、僕は末端の存在。君たちに残せるものなんて何も持ってやしない。例えば、僕が対峙していたであろう無敵戦隊ポイントガードの存在だって、朧気な記憶しか残されていないんだ。この基地の出方だって分からない。僕の存在丸ごと全て、結局はズガターカのもので、僕は限られた時間のこの意思でしか存在を主張することもできやしない。

「ねえ、ずっと見てきた僕の考えなんだけど。君たちは、まだ、完全には壊れていない。もしかしたら、まだ、大丈夫かもしれない。だから、諦めなくてもいいかもしれないんだ。君の、君たちの心は、意思は、まだ、」
「ご苦労様です」
「……トラベリング、さま」

 高尾くんと伊月くんの間から姿を現したトラベリング様。そしてその手には、僕の体を貫く刃が握られている。そうか。そうですね。すみません、喋りすぎました。
 床に崩れ落ちたから、二人がどんな顔をしているのかは分からなかった。ただ、僕に触れる手が震えているのは分かる。何だろう、情けないな。痛いのか、苦しいのか、結局今も分からない。

「長くも短い間、よくやってくれましたね。今、楽にしてさしあげます」

 そうか。そうですか。ようやく、解放されるんですか。もう、何も考えなくて、いいんですか。
 けど。けど、もう少し時間がほしい。ねえ、今さらだけど、僕は君たちと一緒にいられて良かったような気がしているんだ。伝わってるかな。分かってくれるかな。少しでも、幸せになってほしいだなんて、笑っちゃうかな。


「……高尾くん、伊月、くん。僕は、こんなこと、言える立場じゃないと思うんだけど」
「じょっかぁ、さん?」
「もし、そうだな、飛べなくても。それでもせめて、例えば、例えば僕は、息子にはもっとわらってほしくて、だから君たちにも、それで、」

 ああ、駄目だ、駄目だ。まだ言えていないのに。この雛たちは、きちんと教えてあげればきっと分かってくれるのに。上手く喋れない。結局いつだってきちんとしたことは教えてあげられなかった。
 笑って、泣いて、怒って、喜んで、そうやって壊れた心を戻してほしいって、君たちはまだ大丈夫だよって、ねえ、少しでも伝えられたらいいのに。声が出ないんだ。見えないんだ。ごめんね。最後までごめんな。そして、そうだね、ありがとう。



「じょっかぁ……さん……? じょっかぁ……、っ、ジョッカー……!」
「高尾和成。――また、死んでしまいましたね」
「……!?」
「伊月俊。――また、何もできなかったんですね」
「――っ」

 息を詰めて身体を硬直させる二人を覗き込む。
 心細げに揺れた、奥深くに眠っていたであろう、わずかな正気。それがこの一連の流れで呼び覚まされたらしい。とはいえ、きっと一時的で不安定なものだろうということも分かる。なぜなら壊れ、朽ちた心は、もう戻らない。
 だから残ったそれをなぞるように、甘く、苦く、潰していく。

「いいですか、愚かな勘違いだけはしないでもらいたい。このジョッカーは、あなたたちのせいでこうなったようなものですよ」

「あなたたちの世話をしていたから、あなたたちに余計なことを言おうとしたから」

「あなたたちがここにいたから、無敵戦隊ポイントガードも容赦などしていられなかった。だからこのジョッカーもやられた」

「それ以前に」

「あなたたちが弱かったから、今もこうして苦しみ、そして、」


「死んでしまった」


「死ん…………ぁ、あ、あああああああ!」
「高尾和成。あなたはどれだけ大切な者を殺してしまうんでしょうか」
「なんで、そんな、なんで、なんでなんでなんで……!」
「あなたの大事な、大事な仲間も、こうなるかもしれませんね?」
「――っ」
「それは怖いでしょう。嫌でしょう」
「や……だ……」
「それなら、どうしますか。戻るんですか、そして仲間を危険にさらすんですか。それとも……さあ、考えてみなさい。私たちなら、死ぬことはありません。誰も死なない。誰もあなたの周りから消えることはない」

 目から光が消える。身体から力が抜けていく。そう。それが答えですね。イイコです。

「……ねえ、伊月俊。あなたはどうしますか。戻って、自分の無力さを仲間に伝えますか」
「……な、に……」
「まだ、チャンスがほしいと思いませんか」
「……チャンス……」
「ここで強くなれば、もしかしたら、あなたを必要としてくれる人がいるかもしれません。いいえ、私たちが必要としましょう。あなたの居場所は、ここにある」
「……いても、いいのか……?」
「当然です」

 二人の目を、そっと覆う。
 ……ああ、本当にあなたたちニンゲンというものは愚かしくて、弱くて、哀れで。

「二人とも、永い悪夢を見ていましたね。今度こそ、おやすみなさい」







「……後から聞いたけど、お前えげつねーな」

 呆れた風に言い出したのはプッシングだった。横ではブロッキングもうなずいている。

「おや、何の話でしょう」
「洗脳を強制的に歪ませて、最後の良心を無理矢理浮上させて? 無防備にむき出しのそれをぶっ潰して? あー、怖ぇ」
「人聞きの悪いことを言わないでください。矛盾だらけの、悪意だらけの言葉を聞き入れたのは彼らです」
「それが怖ぇって言ってんだよ」

「トラちゃん、プーちゃん、ブロちゃん!」

 気安ささえ感じる軽い声を上げ、駆け寄ってきた二人の少年。一人はニコニコと楽しそうに、一人は無表情でぼんやりと。

「……おや」
「あのね、マカロン食べたい」
「また訳わかんねーリクエストしやがって」
「マカ"ロン"が駄目なんて"論"外だ……キタコレ」
「きてねーわ!」
「そもそもマカロンってどんなのだ?」
「どんな…………なんか、丸い感じだな」
「雑だな!」
「まあ、どうせ地球に行かせる用がありましたからね。いいでしょう」
「あんたはまたそうやってジョッカーの無駄遣いをしてよぉ!」

 横で喚くブロッキングを適当にあしらい、ジョッカーに命じ、地球へ向かわせる。
 ――再度目が覚めたとき、しばらくぼんやりしていた二人は、意識がはっきり色づくと何故かこちらに懐くようになっていた。「刷り込み」――孵化した雛が最初に見たものを親と思い込む現象があるらしいが、それに似たようなものではないかと考えられている。きっと彼らは一度心を壊され、死んでしまったのだ。そして次に目覚めた新たな生で、ある種の刷り込みが行われた。そうして、今、二人はここに立っている。

「……」
「……」

 艦内から機械的に出ていくジョッカーの群れを二人がじっと見ていた。気づいたプッシングとブロッキングがそれを見咎める。

「あん? どうしたお前ら」
「……じょっかぁさん……」
「そりゃいっぱいいるだろ。つか散々この基地で見てきたろ」
「そうなの?」
「そーだよ! お前ほんと学習能力ねーな!」
「そっかー」
「聞けよ!?」
「……そっかー」
「そっちもタイムラグ生んで同じこと言ってんじゃねーよ!」
「……騒がしいですよ」

 ブロッキングは元から気性が荒い方だったが、この二人が纏わりつくようになってから、特にペースを乱されるせいで喚く回数が増えた気がする。それはプッシングも同様か。

「戻ってくるまで、しばらく時間がかかりますからね。それまですることもないですし、あなたたちは部屋に戻って休んでなさい」

 そう言えば、一人は無邪気な笑顔で、一人は無感情な無表情で。

「「はい」」

 従順に、うなずいてみせるのだった。




(朽ちた翼では、もう、飛べない)
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あずさ

Author:あずさ
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二つ名:囁(アビス)
あだ名:エゴイスティックスケコマシ
四字熟語:好色生活
(※二つ名メーカー、脳内メーカー等による結果)
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