【イトコ】何てことはない

追記に、樹と徹の何てことはない、昔のお話。



*****


「樹がスカート履いてるぞ!」

 そんな掛け声と共に、ぶわりと大げさに感じるほどの風が舞い上がった。
 振り返るとクラスの男子、岡崎徹が「してやったり」とでも言いたげな顔でこちらを見ている。

 日高樹は自身の格好を見下ろした。
 確かに今、自分はスカートだ。どちらかといえば動きにくいと感じるのでスカートよりズボン派な樹だが、今日は暑くなるからスカートにしたらどうだという姉の助言に素直に従った。グランドを照り付けているであろう太陽は痛いほどに暑そうだが、窓から時折入ってくる風は素足を撫でていき、確かに少しばかり涼しくもある。
 さすがしっかり者の姉、その助言は素晴らしく的を射ている。
 ともかく樹がスカートかズボンかという選択をする際には、年頃のオシャレなどはあまり意識の中になく、ある意味非常に実用的な判断であり――それゆえに、「そういえば今日スカートだっけ?」と本人が気づくのには時間を要した。そのためかなりのタイムラグが生じたが、とにかく樹は今スカートであり、そのため徹の「スカート履いてるぞ!」発言は間違っていない。
 それは分かった。
 で。

「だから何だよ?」
「おま……もう少しリアクションしろよ! スカートめくられたんだからキャーとか言ってみろって!」
「うええ……だってスパッツ履いてるし」
「いや、そりゃ、見えたから分かるけど! けどな! スパッツだって恥ずかしくねえの?」
「? スパッツ見ておまえは嬉しいのか?」
「割と嬉しいよ!」

 変態だった。

「意味わかんないし……」
「男のロマンを分かんないだと?」
「わかんないよ、いつきは男じゃないし」
「男のロマンは性別を凌駕したものなんだって!」
「あーもう。じゃあ勝手に見てればいーじゃん」
「差し出されるより力づくで見ることにロマンがあるんだよ!」

 しかも面倒くさかった。

 さすがに今の発言はいただけなかったらしく、周りの女子がドン引きしている。
 樹も周りに合わせてドン引きしてやりたいところだったが、ちらと壁に掛かった時計を見上げれば、そろそろ帰る支度をしなければならない時刻。今日のご飯は何かなとそちらに意識が持っていかれ始めた樹は投げやりに笑顔を突きつけた。

「とりあえずガンバ!」
「あ、あぁサンキュ……って待てい!」
「ふぎゃあ!?」

 踵を返した瞬間、パーカーのフードを引っ張られて首が絞まる。思わず涙目で振り返るが、徹は特に悪びれた風でもなくさらに引っ張ってきた。何て奴だ。そもそもこの男は何かと樹に突っかかってくる。家が隣なためよく会うことを抜きにしても、だ。

「何すんだよっ」
「いや、そもそもまだ用件が終わってない」
「は? スカートめくりたかったんじゃないの?」
「俺は変態か!?」
「え、違うんだ?」

 心の底から素朴に言えば、べちりと頭を叩かれた。痛い。暴力は反対だ。
 だが文句を言うより早く、彼は胸を張り指をこちらに突きつけ。

「いいか、樹。今日はクラスの奴らと肝試しすっからな! 逃げないで来いよ!」
「……。……は?」
「だから! 肝試し!」

 意味が、分からなかった。
 そう、このとき樹は確かにこの唐突な提案を頭で理解できていなかったが――樹の本能的な部分が全力で拒絶していた。

「やっ……やだ! やだやだやだ! 意味わかんないし! 絶対行かないし!」
「な、何だよちょっとくら」
「やだー! バカ! あほっ、まぬけー! 行くわけないだろバカバカバカ!」
「お、おぉっ?」

 徹が困惑した様子でいるが樹には構わない。
 夜の遅い時間に家を出ると家族が心配するし、心配をかけると家族は怖い。それに何より、樹は幽霊、オバケの類が心の底からダメだった。
 幽霊に会うか牛乳を飲めと迫られたなら、おそらく後者を選ぶ。大の苦手な牛乳を飲む方をかろうじて選ぶ。――どんなにゆっくり飲んでもいいのなら、という条件付きではあるが。
 だがそんな樹に対し、徹はニヤリと口の端を上げ。

「ふーん? 樹はオバケが怖いんだ?」
「んな!? ちがっ、べ、別にそんなんじゃ!」
「あの日高が、ねー。オバケなんて怖がっちゃうんだ、へえー」
「!」

 徹のバカにした口調に思わずカッと顔が熱を持つ。

 自分のことだけならまだしも、「日高」――何より大好きな家族のこと。
 自分のせいでそれを悪く言われることには耐えられなかった。

「怖くないって言ってるじゃん!」
「じゃ、夜の9時に校門前に集合な。来なかったらビビって逃げたとみなすから」
「逃げるわけないだろバカー!」

 ……。
 ……あ。

 売り言葉に、買い言葉。
 後悔、先に立たず。





 昼間の暑さはどこへ行ったのか。
 月も雲に隠れるほどの暗い中、ぽつぽつと立ち並ぶ電灯の明かりだけではどこか心細く頼りない。

「……って、男子だけじゃん」

 校門に並ぶメンバーを見回し、ぽかんとした面持ちで思ったままのことを言えば、誘った張本人が肩をすくめた。

「あー、まあ。女子がこんな遅い時間に出歩くのはダメだろって言われてよぉ」
「……」

 自分も女子なのだが。

 思い切り不満が顔に出ていたらしく、気づいた徹が小さく笑った。髪をぐしゃぐしゃとかき乱してくる。

「いやー、お前は別だろ」
「何でさ」
「だってお前、体育のときとか男子顔負けじゃん」
「そりゃ体動かすのは好きだから……うー」

 褒められているのかけなされているのか分からない。
 分からないがどう言っていいか分からず――結局流されるように移動したのは、墓地、だった。

 やばい。これは、やばい。
 いくら肝試しといってもこれほど本格的だとは聞いていない。

「いつき、帰る」
「ひ、だ、か?」

 普段は下の名前のくせに苗字で呼ばれ、樹はビクリと体を強張らせた。

「怖いんだな?」
「ちがっ……」
「じゃ、やるか。俺らもうクジ引いたからお前余りのやつな。ちなみに最初だからさくっと行ってこい」
「ちなみにペアはおれなー」
「ちょ!」

 クラスメイト――杉村克也に勝手に腕をつかまれぐいぐいと引っ張られていく。当然純粋な腕力では敵うはずもなく、そうなると樹はついていかざるを得ない。しかも奥の方まで行けば、辺りは墓地が並ぶばかりで電灯もなく、懐中電灯を持っている克也が唯一の頼りなのだ。
 綺麗に舗装されているわけでもない足場は歩くたびに枝の折れたような音がする。
 頬を撫でていく湿った空気。
 ぼんやりゆらゆら照らされる頼りない明かり。
 その明かりに照らされる、ごつごつとした無機質な石の塊。

 ――怖いどころじゃない。意味が分からない。もう何が悲しくてなぜこんなところにいるのかさっぱり分からない。

「おい、いきなり静かになるなってー」
「……」
「日高ー?」
「……え」
「だから急に静かになるなよって。いっつもうるせーくせにさ。やっぱあれか、怖いっちゅーやつ?」
「ちが、う、もん」

 笑い飛ばしてやりたいところだが、そうする余裕もない。
 だってもし大きな声を出して、それで何かが――何かが起きてしまったらどうするというのだ。

「あ」

 ふいに克也が声をあげ、それと同時に光が消え失せた。取り巻く、闇。

「え!? な、ななななに!?」
「電池切れた。……あっちゃー。ちょっと新しいライト借りてくるからさ、そこで待ってて」
「は!?」

 引き止める間もなく、克也は来た道を戻りだす。
 ポツンとこんな場所に置いてけぼりをくらい――今度こそ樹はパニックになった。
 木々がガサリと音を立て、「ひっ」と喉の奥で声が詰まる。そのまま窒息するのではないかと心配になるほど息を止め、がちがちになった体を無理やり動かした。
 一歩、足を出す。
 砂利の音。止まらない虫の音。

「ふぇっ……」

 何もかもが怖くて、独りでいることがただただ心細くて。
 思わずその場にしゃがみ込んだ。





 樹を誘ったことに深い意味はなかった。ただ、いつも負けて悔しいから、少しでも驚かせられたらスッキリするだろうなという程度の気持ちだった。あとは純粋に楽しみたかっただけだ。どうせお化けなんていないだろうが、さすがに墓地ともなれば迫力の一つや二つは出てくるだろう。それでなくとも遅い時間に抜け出すなんてスリルがある。というか徹の母はお化けより断然怖いかもしれない。――だがまあ、自分たちは好奇心旺盛なお年頃というやつなのだ。

「次誰?」
「あ、俺だ」
「ペアは誰だー?」
「オレオレ~」

 暢気な声を上げながらワイワイと確認していたところ――

「おーい!」

 進路方向から声が聞こえ、徹たちは一斉に腰を浮かせた。やってくるのは先陣をきったクラスメイト、杉村克也だ。

「あれ、お前早くねーか? てか樹はどーしたよ」
「いやぁ、だって途中で懐中電灯の電池切れるんだもんよ。これ準備したの確か徹だろー。しっかりしてちょーだいな」
「え、マジか。悪ぃ。うちにあったやつだからな……」

 渡してきたものを受け取れば、確かにスイッチを押してもうんともすんとも言わない。

「ん、あれ、結局樹は?」
「あー、待っててもらってる。やっぱ暗いから危ねーっしょ? おれも転びまくったもんよ。見てこれ、膝痛ぇー」
「うわ、ほんとだ。かっちゃん紳士じゃーん」
「だっろぉ?」

 男子がぎゃいぎゃいとはしゃぎ、笑い出す。確かに一理はあるのだろう。そういうもんか、と徹も何となく納得してしまう。

「徹、懐中電灯まだあるぞー」
「んぁ、じゃーどうすっか。おまえもっ回行く?」

 どうせ再び樹と合流しなければ肝試しは再開できない。
 しかし克也は首を振った。怪我した方の足を上げているせいでフラフラしている。

「おれ一回休む。てか明かりで見たら結構傷きもいから洗ってくる」
「うわ、ほんとだきもい」
「きめー」

 確かに派手に転んだのだろう。血やら汁やらで気持ち悪い感じになっている。

「あー……じゃあもっ回クジでもして……」
「岡崎行けば?」
「俺ぇ?」

 思いがけず指名され、ついつい顔をしかめてしまう。しかし他の男子たちは気にした様子がなかった。それどころか賛成の空気が瞬く間に広がっていく。

「そだな、おまえ樹とよく一緒にいるし。仲いいじゃん」
「ひゅーひゅー」
「はぁ!? そりゃ家が隣だからだろ。仲良くねーし!」
「えー」
「えー?」

 こうなったときのみんなはうざい。相当うざい。
 どちらかといえば短気な徹は苛立ちを感じそうになり――

「樹、今一人じゃん。ビビらせることできっかもよ」

 ……。
 …………。

「……そだな」

 それは、魅力的な提案だった。





 風がなまぬるい。
 懐中電灯の光は思ったよりもずっと頼りなく、並ぶ墓石を見るとゾクリと這い上ってきそうな何かがある。いや怖くないけど。怖くはないけど。
 道は思ったよりもでこぼこしていて、確かに明かりもなく歩き回るのは危なそうだった。よく克也は歩いてこれたなぁと感心してしまう。樹と一緒に戻ってこなかったのも賢明だろう。彼女はやたらと運動神経が良いが、しかし、やたらとおっちょこちょいだ。盛大に転ぶ姿が簡単に想像できてしまう。
 さて、どうやって脅かしてやろうか。徹は意地の悪い笑みを浮かべながら歩を進める。かけっこや跳び箱など、よく勝負を仕掛けては負けている身としては、絶好の復讐のチャンスだ。特に小道具があるわけでもない今、ベタだが背後から思い切り声をかけるというくらいしか浮かばないが――。

「お、いた……ん?」

 それらしき影を見つけ、徹は気づかれないように近づこうとし――その影がしゃがみ込んでいることに気づいた。なかなか不思議な格好だ。

(腹でも痛くなったか……?)

 いくらなんでも具合の悪い相手をどうこうするのは正義に反する。
 ――仕方ない。
 徹はため息を一つつき、頭をかきながら近づいた。

「おい、樹。おい」
「っ!」

 背後から普通に声をかけ、肩をポンと叩いてやると、その肩が盛大に跳ねた。その勢いに徹は思わず手を引っ込めてしまう。

「お、おい?」

 おそるおそる問うと――顔を上げた樹と目が合った。

「い……つき?」
「うぇっ……」

 こちらを認識したのだろう。不自然に固まっていた樹の表情がみるみると歪んでいく。大きな目から涙が溢れてくる。

「ひっ……く……うぁ……わぁああんっ……」

 何かが吹っ切れたのだろうか、樹の言葉にならないソレは大きくなっていく。徹は行き場を失った手をさまよわせるしかなかった。止まることなく顔を濡らしていく涙をぬぐうことも、震える肩を支えることも、とてもでないができやしない。硬直したまま立ち尽くすだけだ。
 誰だ。
 これは、誰だ。
 そんな思いが徹の中で大きくなっていく。
 日高樹は、元気で明るくて、運動神経気が良くて、気の強い――そんな、男子顔負けの少女だった。確かにくだらないことで泣くこともあったが、しかし、だからといって――こんな弱々しい樹を、徹は知らない。
「……」
 泣くなよ、なんて声をかけることすらできなくて。徹は途方に暮れたまま、ただ、樹が泣きやむまでその場に立っているのだった。





「夏だなぁ」
「夏だねぇ」

 さんさんと日光の降り注ぐ学校の帰り道。
 アホみたいな会話をアホのように繰り広げ、徹は棒付きのシャーベットにかぶりついた。キィンとした冷たさが口の中に広がっては溶けていく。

「肝試しでもすっか?」

 何気なく言えば、隣で同じようにシャーベットをくわえていた樹が顔を歪ませた。

「一人でやってればいーじゃん、ばかとーる」
「おまえ泣くもんな」
「泣かないし!」
「嘘つけ」
「うそじゃないデスー!」
「叩くんじゃねぇ」

 べしべしと背中を叩いてくる樹に顔をしかめると、彼女は「何だよ」とばかりに口を尖らせた。徹はため息をつく。――変わらない。あれから何年も経ち高校生になった今でも、彼女は無駄に元気で明るくて、衰えもせず運動神経気が良くて、意味もなく気の強い――そして泣き虫なチビのままだ。いい加減、「色気」の「い」の字くらいは覚えたっていいものを。

「ったくもー。とーるは変わんないなぁ」

 ぷんすかと樹が頬を膨らませる。暑いからとまとめ上げているポニーテールがゆらゆら揺れる。彼女が動くたびに制服のスカートがひらひら揺れる。

「……んなこたねぇよ」
「嘘つけー」
「やんのかコラ」
「上等なのだよ」

 バチリ。軽く睨み合い。
 チョップをかますと蹴りを繰り出された。その際に見えた光景に徹は内心で肩を落とす。――相変わらずスパッツかよ。
 別に見たいわけではないが、やはり色気も何もあったものじゃない幼なじみには苦言を呈したくなるというものだ。

「もー、早く帰ってゲームやるぞ」
「へぇへぇ」

 何がどうして、こうして今でも一緒にいるのかよく分からないけれど。
 二人は憎まれ口を叩きながら、歩き慣れた道を、今日もまた賑やかに歩いていく。


*****



一部、以前書いたものを流用。
徹は昔から樹に勝負吹っかけたりちょっかいかけたりしてたわけですが、小言が増えたり面倒見るような感じになったのは、こういう多少の罪悪感もきっかけかもしれません。
いつの間にかそれが当たり前になっていたわけですけれども。

しかしオチもないうえに何というグダグダっぷり^q^
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