【HCS】瀬川 萼【⑩】

もう載せたと思っていたけれど実はそんなことなかったぜ!
今さらですし、もう本家で読んでいる方も多そうですが、区切りとして……!



【HCS】=春樹ちゃんシリーズ

<設定>
「倭鏡伝の春樹がもしも女の子だったら」
・セガ春ラブコメディ?(シリアス増加なう)
・高校生
・セーガ擬人化あり

<発端>
唯夜「セーガの擬人化がイケメンすぎてつらい。春樹君を女の子化したらセガ春書けるレベル」
あずさ「書いてください」

<執筆>
・執筆者:唯夜さま
・サイト名:Useal Night Sky
・URL:http://sky.geocities.jp/free_night_sky/UNS/top.html

<執筆者から一言>
唯夜「ごめんなさい


※本編とは直接関係ありませんが、女体化・擬人化等が苦手な方はご覧にならないようご注意ください。
 この注意を無視した文句は受け付けられませんのでご了承ください。



今までのログはこちら↓

<written by 唯夜>
♭1
慌しい日向家の朝。
♭2
「割と違和感」
♭3
唯夜さんオリキャラ、里桜ちゃん登場。
♭4
甘々セガ春ここに極まり。
#番外1
里桜と日向兄弟。
♭5
シリアスってきた(`・ω・´)
♭6
渚がカッコイイだなんて。
#番外2
里桜視点にて。
#番外4
番外3の続きを唯夜さんにて。
♭7
「春樹」を巡って、世界が。
♭8
真実と事実が、今、「おかえり」。
♭9
様々な想いが交錯する先は。


<written by あずさ>
#番外3
あずさが乱入。大樹ウラヤマ。

<written by 銀>
♭高校生プリンセス
※上記とは別設定です。

<drawn by 緋雨>
◆春樹とセーガ
◆大樹と里桜と、?

*****

 ようやく、国王と面会できる。呼びに来たのは若者で、城の人間ではなさそうだったが。しかし現に城にいて働いているとなれば、いくら城の者らしからぬ雰囲気とはいえ、そう認めざるを得ない。
 若者の先導で、石造りの廊下を歩く。こつこつと足音が反響していた。他の場所が目の回るような忙しさと喧騒に包まれているというのに、この廊下だけはやけに静かだ。これから国王にお願いすることを考えるとただでさえ気持ちが重いのに、この静けさはそれを助長しているかのようだった。
 ――まるで牢から死刑台へ至る道のようだな。
 実際に歩いたことはないが、似たようなものだろうと思う。心臓の自己主張が激しい。ともすれば破裂するのではないかと心配になるほどだ。

「国王、瀬川様をお連れしました」

 ノックの音と若者の声で、心臓が一際大きく跳ねる。既に国王の執務室に到着していた。

「入れ」

 扉越しに響いた若き王の声に、若者が行動で応える。立派な造りの扉を開き、促してきた。

「失礼します」

 一礼して中に入る。執務机の向こう、窓を背にして国王は立っていた。

「瀬川」
「はっ」

 静かに呼び掛けられ、反射的に膝をついてしまう。若き王は仕事をサボってばかりだと、王付きの女官がぼやいていたのを聞いたことがあるが、この確たる存在感を前にしては、その言葉がまるで嘘のように思えてくる。

「お前の用件はわかっている。除隊して田舎に戻るつもりだろう」

 全く言われた通りだったので、返答は深く頭を下げるに留めた。

「それは認めてやる。ただし、俺の条件を飲めるのなら、だ」
「条件、とは?」

 予想だにしなかった台詞に思わず下げた顔を上げてしまった。見上げた王は軽く笑っていたが、その表情からは心配や、悲しみや、愛しさ、その他諸々の感情が読み取れる。

「こんな事しかできない俺を許せ。そして俺がしてやれる最初で最後の手向けを、受け取ってやってくれないか?」

 王がそっと右手を持ち上げ、しなやかに長い指を一度鳴らした。



 目の前で、自分より大柄な男が苦悶の表情を浮かべていた。持ち上げられ、壁に押し付けられた男の首に伸びる手。外そうと手首を捕まれて見えない部分があるが、それはどこか見覚えのある形をしていた。
 ――あたしの手だ。
 力が入っているせいで指先が白くなっている。いったいどれ程の力で締め付けているのだろうか。大の男が本気でもがいても指ひとつ外れやしない。
 ――このままじゃ死んじゃうかな。
 そうしたら里桜は殺人の罪を背負うことになる。しかしそう考えても、力は一向に抜けなかった。
 ――まぁ、当然の報いよね。

「あたしを、騙したんだもの」

 自分でもゾッとするような冷たい声が漏れた。これは誰の声だと一瞬考えたが、その思考は浮かべるだけ無駄だった。
 ――あたしの声だ。あたしが怒ったときの声だ。
 怒りは人を変える。理性の枷が怒りに吹き飛ばされたとき、人は想像だにしない行動を、信じられない力で行う。それを今里桜は実感していた。

「は……ぐっ……」

 弱々しい笛の音のような呼気とも思えない呼気が男の口から流れ出ていた。その音にすら眉根を寄せ、首を掴み上げる指にいっそうの力を込める。

「里桜っ!」

 里桜の脇腹に衝撃が走り、男の首を解放したのはまさにその瞬間だった。飛び込んできた影に押し倒されて、里桜は半身を強かに床へ打ち付ける。

「里桜! 春兄に何すんだよ! 死んじゃったらどうするんだよ!?」

 里桜の上に乗ったまま、乱入してきた大樹は里桜の肩を掴んで揺さぶった。
 いつもと変わらぬ、愛しいはずの大樹。必死な顔もかわいいのね、と思いながら、しかし眼は酷く冷めきっていた。

「退いて」

 一度も見たことのない冷酷な里桜。そのあまりの変貌に、反射的に沸き上がった感情は恐怖か、驚きか。恐らく前者だろう。とにかくその剣幕におされ、大樹は少し後ずさった。

「そうね、殺しちゃダメよね」
「里桜」

 パッと大樹の表情が明るくなる。そんな彼には見向きもせずに、里桜は立ち上がった。
 蹲り噎せる男を見据える。

「殺しちゃダメなのよ」

 呟きながら、里桜は片足を振りかぶった。

「まだ、あの子の居場所を吐いて貰ってないもの、ねっ!」
「里桜っ!?」

 その足で、里桜は男の腹を蹴り上げる。蹴りは正確に男の肺腑に突き刺さった。吸いかけていた空気の塊が押し返され、短い声と共に男の口から吐き出される。

「さぁ、言いなさいよ。あの子はどこなの?」

 二発、三発と里桜の足は同じ起動をトレースする。その度に、部屋には男の苦悶の声と大樹の絶叫のような制止が響いた。

「あなた、あの子と待ってるって言ったわよね? だからあたし、ノコノコと呼び出されたわよ」

 蹲って動かない男の肩を足の裏で蹴り押し、仰向けにさせた。

「でもあの子はいなかった。来てみたらいるのはあんただけ。あの子はどこにいるの?」

 男は口から切れ切れの息と少量の血を吐き出すだけで、喋ろうという気は一向に見せなかった。否、喋ることができないだけか。
 ――助かりたければ、喋れなくても伝える術なんて思い付く。
 大の字に広がった男の体から、選ぶようにして太ももの外側を蹴りつけた。
 人間の体には、いくつか大きな筋肉が存在する。腹筋、上腕二等筋、大腿筋などがそうだ。それらのうち幾つかは、ある特定の部位を痛めつけると鈍く残る痛みが走り、その痛みでしばらくまともに動かすことさえできなくなるポイントがあった。
 大腿筋ではそれが太ももの外側。一部の者は、そこをトンコやチャランポなどと呼んでいる。

「言う気があるなら手を広げて顔の前に持ってきなさい」

 ノロノロと男の手が動く。広げられたそれが顔の前に来ると、里桜は男の胸ぐらを掴んで引き起こした。凄んだ顔を至近まで寄せて問う。

「で、あの子はどこにいるの?」



「倭鏡?」

 しばらくして一応は喋れるようになった春樹に詰問をすると、聞きなれない単語が飛び出してきた。どうやらそこに春花がいるらしいが、里桜にはそれがどこなのか皆目見当もつかなかった。

「そう。この世界ではないもうひとつの世界」
「……お伽噺? 誤魔化そうって言うんじゃないでしょうね」
「真実だよ。これを見ればわかるかな」

 セーガ、と春樹は短く呟いた。それが名前を示していることはわかる。当人を見たことだってあるのだ。あんなお手伝いさんがなんの証明になると言うのだろう。

「え……?」

 程なくして出てきたものは、里桜の記憶とは寸分も適合しない姿形の生物だった。漆黒の毛並み。犬のような外見に、立派な翼が生えている。

「これがこの世界のものじゃないって、わかるよね?」

 セーガ、と呼ばれたものの背にそっと手を置き、春樹はまっすぐに里桜を見つめてきた。嘘のように思える話だが、現実には証明できない事だ。ちらりと同席している大樹に視線を遣ると、彼は真剣な面持ちで頷いていた。
 ――大くんに嘘は吐けない……本当の話なのね。
 とは思っても、本当はまだ半信半疑だ。しかし現状、これ以外に手掛かりがない。ならば信じる他ない。里桜は無言で頷いて見せた。

「そのもうひとつの世界、倭鏡に春花はいるはずだよ」
「わかった。じゃあその倭鏡とか言うところに連れていきなさい。あの子に会わせて」
「それは……」

 途端、春樹は口ごもった。それに里桜は二つの予測を瞬時に打ち出す。この話が作り話か、それとも里桜という倭鏡にとっての部外者が入れない理由がどこかにあるのか。

「あたしが入れない理由があるの?」

 そのうち、里桜は後者を選択した。可能性は信じるものだ。自分でその芽を潰すわけにはいかない。

「入れない理由は、ないと思う。ただ、入れる条件を満たしているかどうかわからない」
「どういうことよ」

 いまいち要領を得ない説明に、里桜はぐっと眉をしかめた。

「まず、君は倭鏡についてまだ半信半疑だろう。加えて、君と倭鏡とを繋ぐ想いが存在しない。ここに春花がいれば、或いはなんとかなったのかもしれないけれど」
「つまり、あたしを倭鏡に連れていくこと自体はなんの問題もないのね?」
「そうだけど、連れていくのに問題が……」
「そんなの些細な問題よ。あんたとあたしじゃ無理かもしれないけど、ここには大くんがいるじゃない」

 話を振りつつ、大樹を見る。突然で驚いた顔がいとおしかった。

「お、オレっ!?」
「そう。あたしはこいつの言うことはどんなに証拠を出されても眉唾でしか聞けない。だけど大くんが言うなら、なんの証拠がなくても信じられる」
「な、なんでだよ?」
「わからない?」
「わかんねぇ」
「ふふ……それにね、あたしと倭鏡を繋ぐ想いは、大くんが作ってくれる。そう信じてる」

 里桜が言葉を紡げば紡ぐほど、大樹の混乱は深まっていくようだった。しかしそれでいい。里桜のこの想いを、里桜自身や春花ならたった一言で裏付け、理解できる。だが大樹には恐らくそれはできない。

「あなたたちは、この世界の人と倭鏡の人との間に生まれた子でしょう?」

 理解ができないのなら、いつか理解ができるようになるまで待てばいい。それまで里桜はヒントになるはずの想いだけを言葉に編み込んでいけばいい。

「なんで……?」
「簡単な推理よ。あなたたちはこの世界と倭鏡を行き来できる。つまり、あなたたちには二つの世界を繋ぐものが存在する。でもその二つを繋ぐには、生粋の倭鏡の人や生粋のこの世界の人には難しい。だって異世界の存在なんて俄には信じられないわ。だからハーフか、そうじゃなくても血は混じっているんじゃないかって。もちろん、他の理由があるかもしれないけど、これが一番可能性が高そうだったからね」
「恐れ入ったよ。君は、すごいんだね」
「あなたに褒められても針の先程も嬉しくない。大くんだったら嬉しいけど」
「え、えっと……里桜、すごいな?」
「いまいちわかってない感じね……まぁいいわ。話が少しずれたけど、つまりあたしは、あなたたちの親の世代という前例を踏襲できると思うの」

 認めたくないが、春樹は割りと頭が回るようだった。この段階で里桜の言わんとすることは大方察しているらしい。一方の大樹はしきりに首をかしげているが。

「あたしは大くんが大好き。誰よりも愛してる。あなたのお父さんやお母さんのように、大樹くんと結ばれたいって思うくらい」
「オレも、里桜のこと大好きだぜっ!」
「ありがとう。でも、そうじゃないのよ?」
「違うのか? んー、どういうこと?」

 似合わない腕組をし、眉根を寄せる。その仕草の慣れていなさが、大樹という人間の人となりを顕著に表していた。

「いいのよ、今はそれで。いつかきっとわかる日が来るわ。それより、大くんはあたしに倭鏡を知ってほしい? それともあたしには関わらないでほしい?」
「んー……春兄が倭鏡のこと教えたってことは、里桜には話していいってことだろ? だったら知ってほしいし来てほしい」

 ありがとう、と里桜は大樹に頷き、春樹を振り返った。

「これで条件は揃ったでしょう。さぁ、連れていきなさい」
「……わかった。じゃあ、試してみようか」

 そう言って春樹が立ち上がる。里桜がそれに倣うと、大樹も慌てて立ち上がった。それを確認して歩き出す春樹の背に大樹と並んで着いていく。

「なぁ、里桜?」

 くい、と大樹が裾を引いてきた。顔を向ければ、彼は少し悲しそうな表情をして言葉を紡ぎだす。

「オレは里桜のこと好きだけど、春兄も好きだ。だからさっきみたいなことはもうしないでほしい」

 その表情が、仕草が、声音が、言葉が必死さを滲ませていて、その心を和らげようと里桜は知らず微笑んでいた。

「うん、わかった。大くんが悲しくなることはもうしないわ。……これも、大くんの事を無条件で信じられるのと同じ理由ね」

 眼前、春樹が立ち止まる。その肩越しに彼の視線をなぞると、そこには大きな鏡が鎮座していた。

「うー、やっぱわかんねぇぞ?」

 思案顔を作って唸る大樹の手を取り、里桜は満面の笑みを浮かべる。
 大樹を悲しませたくない理由。大樹を信じられる理由。先程も言った。もう言うまでもないくらい簡単なことだとも思う。でも、いくら言葉に表しても表し足りない。気持ちは消えないどころか逆に膨らんでいく。

「愛してるからよ」

 だから、紡ぐのだ。伝えるのだ。
 何度も、何度でも。己の想いを。その全てを。
 届かないかもしれない。受け取ってもらえないかもしれない。
 だとしても、伝えなければ始まらないから。行動に、言葉に込めて、祈りながら示すのだ。
 ありったけの想い、君に届け、と。


 王の指音を待っていたかのように、執務室の扉が開く。同時に数人の女官が雪崩れ込んできた。

「贈り物は気に入ってもらえたか?」
「い、いきなりこんなもの贈られたってっ……!」

 王の問いかけに、聞きなれた声が言葉を返す。それは昔から想い続け、恋い焦がれた人の声。
 二年前、あの事件が起こり、己しか彼女の傍で彼女を守れないとわかったとき、不謹慎ながらも喜びを感じていた。彼女にとっての苦しみが待っていると知っていて。自分にとっての苦しみが待っていると知らずに。
 あれほど傍にいて、思いの丈を伝えられないこと。手が届く場所にいるのに本当の意味で触れられないこと。彼女の喜怒哀楽に忙しい表情を見る度に、理性の箍が外れそうになったことも一切ではない。
 しかし、その苦しみはつい先日、後悔に変わった。すべての事柄が正常なものへと修正され、己の役目が終わった。己の手には伝えきれなかった想いだけが残った。
 そしてもう、二度と会うことはないと思っていた。

「ご、主人……?」
「セーガ!?」

 名前を呼ぶよりもなれてしまった呼び方で彼女を呼ぶ。すると返ってくる、先日までの己の名を呼ぶ声。
 やはり間違いなかった、彼女がここにいる。
 声の方向を見ていると、女官の群れを割るように彼女が出てきた。

「……」
「セー、ガ……?」

 その姿を見て、言葉を失う。
 美しい純白の衣装に身を包んだ彼女は、衣装の美しささえも霞ませるほど輝いていた。見慣れた顔は薄く化粧をしただけで一変する。しかし目鼻立ちを含めたすべてが、間違えようもないほど彼女だと示していた。
 ――しかし、純白の衣装とは……まさか。
 その衣装の意味に思い当たり、国王の方を振り返ってしまう。

「条件、だ。わかってくれるな?」

 彼女が嫁ぐ、というのか。
 国王は自分の想いを知っている。だのに、こんな仕打ちをするというのか。伝えられない想いを抱えて、愛しい人がどこか手の届かないところへ行ってしまうのを容認しろと。指をくわえて見ていろと言うのか。
 ――それは……認められない。
 認めたくない。その想いが体の内側を染め、支配していく。

「わかりません。私は、まだ伝えていない。このまま離れていく結果で終わるなら、まだ諦めはついた。けれど、こんな終わりを迎えるのなら」

 己の手で、今ここで、決着をつけたい。
 何が予想外だったのか、国王は驚いた顔を一瞬見せたが、次には意地悪く笑っていた。わざと歪められた唇が開き、音だけは青年らしいくせに圧倒的な重量感のある声が言葉を紡ぐ。

「いいだろう。許す」

 許可をもらって、全身が引き締まった。どうしたら彼女に最も己の気持ちが伝わるか。考えたのは一瞬。結論は至極シンプルだ。
 想いをそのまま、飾らずに伝える。自分の言葉で、自分の口で。

「な、なに?」

 状況についてこれていないのか、振り向いた時に彼女は驚いた顔を見せた。

「春花様」
「……」

 名を呼んだ瞬間、彼女は悲しげに目を伏せる。

「あなたも、やっぱりそう呼ぶのね……」

 その理由は理解していた。彼女は本当の自分には何も残っていないと、そう思っているのだ。だから春樹をやめて春花に戻ることが怖い。
 それを口先だけで誤魔化すことは容易だ。しかし、春花として生きた時間がこの二年、一分一秒たりともなかったことは覆すことのできない事実でもある。
 ならば、誤魔化すのではなく、それを含めた彼女という存在を受け止めたい。受け止めた上で、彼女がこれから積み上げていくものを守っていきたい。彼女が全てを飲み込んで更に大成するための一助となりたい。
 そのために、想うのだ。伝えるのだ。

「私は……いや、俺は、あなたが欲しい。春樹であろうと、春花であろうと、俺はあなたという存在のすべてが欲しい」

 誰が見ていようと、誰が聞いていようと恥ずかしくはない。今この瞬間、見えているのは彼女だけだ。彼女だけが、この告白を見ている。この告白を聞いている。この告白を、受けている。

「俺の名前、萼は、花を支える一部だから。あなたという花を、一生支えていきたい」

 彼女の前に片膝をつき、片方の手をそっと彼女へ伸ばす。

「もしもあなたが、俺を隣に在る者として、あなたを守り、支えることを許せる者として選んでくれるというなら、その手を私にとらせてください」

 その後の沈黙は、一瞬だったのかもしれない。しかし体感としては、陳腐な言い回しだが永遠のように感じられた。
 どんなに永く感じられる出来事も、いつか必ず結果という終わりが来る。今回の結果を左右するのは、彼女の手だ。
 白く美しいその手がそっと動き、そして……。


 信じられなかった。確かに、私はそれを期待していたけれど、実際にその言葉を聞いた瞬間はその一言に尽きる。
 だって、私は相手にされないと思っていた。
 だって、私の想いは一方通行だと思っていた。
 ところがどうだろう。蓋を開けてみれば、お互いの気持ちは確かに繋がっていて。私たちの愛のベクトルは、しっかりとお互いを示していたのだ。
 彼は言ってくれた。春樹でも春花でもいいと。私という存在のすべてが欲しいと。
 彼に捧げられるものは、この限りなく大きな想いを内包した小さな小さな体しかないけれど。
 それでもいいなら、何も迷うことはない。何も怖いことはない。私は私の全てを彼に捧げよう。
 今の私には何もなくて、それに苦しんで悩んで、きっと彼の前で情けないところばかりを見せるんだろうけど、彼はそれすらも認めてくれる。守ってくれる。そう信じられるだけの理由が、一言で表せるほど単純な理由が、この胸にあった。
 彼が差し出してくれた手を見つめる。今までも私を守ってきてくれた大きな手。この手を掴めば、私と彼の人生は足並みを揃えて並んで進んでいくのだ。それは何て素敵なことなんだろう。
 迷うことなんてない。そんなもの、この選択には一片だって必要ない。差し出された手に、私は自分の小さな手を伸ばす。
 私が私として、はじめて掴むもの。手に入れるもの。それは自分に似つかわしくないほど大きなものかもしれないけど。
 私はそっと、彼の手に手を重ねた。


「さて、丸く収まったな?」

 その瞬間を見て、女官たちが盛大な拍手を送ってくれた。それが一頻り鳴って、疎らになったところで兄の声が響く。

「丸くって、はじめからそのつもりで!?」
「当たり前だろう。俺を誰だと思ってる。まぁ、瀬川が勘違いをしたのは予想外だったがな」
「は、勘違い……ですか?」
「ああ。元々この妹はお前にやるつもりだったんだ。こんなことしか出来ないが、これから苦しんでいくであろうこいつと、今までもこれからもこいつに尽くしてくれるだろうお前への、オ俺からの精一杯の手向け。気に入ったろ?」
「なに得意気な顔してるのよっ!」

 兄に食って掛かると、繋いだままの手を少し強く握られた。それだけで自分でも頬が赤くなるのがわかる。

「ねぇ……が、萼?」

 名前を呼ぶのでも、正直一杯いっぱいなのだが、それでもこれだけは聞いておきたい。

「あなたは、私の事を春樹と呼ぶの? それとも春花?」

 彼は少し考えて、やがて笑顔で言った。

「俺は、どちらでもいいが、欲を言えばちゃんとした名で呼びたいと思う」

 じゃあ、と開こうとした口を、手で簡単に制されてしまった。

「だが、あなたはまだそれに慣れないだろう。だから俺は、あなたがあなたの名を認めて慣れるまで……」


「バカっ!」

 なぜか倭鏡に来ていた来ていた里桜とあったのは、それからすぐだった。開口一番、彼女は私を短く罵る。

「ごめんね、心配かけて……」
「そうだけど、そうじゃない!」

 てっきりなにも言わずに去ってしまったことを怒っていると思ったのだが、どうやらそれだけではないらしい。大樹を後ろから抱きすくめている彼女は、弟の頭の上で頬を膨らませていた。

「そんなキレイなカッコしてるなら、事前に連絡寄越しなさいよ!」
「なぁに、それ」

 まったく、この友人はおかしな事を考えているものだ。

「なぁに、じゃないの! カメラ忘れてきちゃったじゃない! あたしには死活問題よ」

 どうやら、この友人の機嫌はちょっとやそっとじゃ直りそうもない。とりあえずこの話は置いておくことにして、萼にも聞いた問いを里桜に放った。

「里桜は、さ。今回のこと、全部知ったのよね?」

 頬を戻して、里桜はただ頷く。同時に目で促されて、先の言葉を発した。

「これから、里桜は私をどう呼ぶ? 春樹? それとも春花?」

 すべて言い切ると、里桜は呆れたような顔をしていた。

「あんた、そんなことで悩んでんの?」

 実際呆れているらしい。本人にとってはそんなことではないのだが。

「本当の名前で呼びたいけど、あんたもあたしも慣れてないでしょ? だったらお互い慣れるまで、あだ名で呼べばいいじゃない」

 里桜は、にっこり笑って一呼吸。

「これからはハルって呼ぶからね? 返事しなかったら承知しないわよ」

 彼女が導きだした結論は、奇しくも萼と同じもので。
 里桜は私の事を思ってくれている。一番の友達なんだと確信した。
 きっと、それを伝えたら調子に乗るだろうから絶対に伝えないけれど。
 少しは、大樹のことも認めてあげた方がいいかもしれない。何て思ったのは、これもまた絶対に内緒だ。

*****


(´;∀;`)イイハナシダナー


これにてHCSは一応の終了となります。
たくさんの時間を割いて執筆してくれた唯夜さま、
イラストを貢献してくれた緋雨さま、
触発されたとして作品を貢献してくださった銀さま、

そしてこれを読んでくださった皆様、
倭鏡伝を読んでくださっている皆様、

ありがとうございました!
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Author:あずさ
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二つ名:囁(アビス)
あだ名:エゴイスティックスケコマシ
四字熟語:好色生活
(※二つ名メーカー、脳内メーカー等による結果)
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