もう10月だなんて、私は、信じない。



*****


「大体……日本なんて、ロクでもないでしょう」

 苦虫を噛み潰したかのような表情と声音に葉は眉根を寄せた。無意識の言葉だったのだろう、橘はハッと顔を上げる。こちらと目が合うと彼はバツの悪そうな笑みを浮かべた。頬を掻く。

「すいません、何でもありません」
「いや……興味があるな。聞かせてくれねぇか」
「と言われましても。改めて話すようなことはありませんよ。日本がロクでもないというのは伝承にもある周知の事実でしょう」
「……元王の妻、そして現王の母が日本人だと知ってるか?」

 葉がその現王なわけだが、彼は腹が立つより呆れていた。
 確かに倭鏡には日本に対する伝承――いや、伝承と呼べるほどでもない昔話が存在した。それは倭鏡の成り立ちであり倭鏡と日本の関係についてだ。

 元々、倭鏡と日本は一つだった。初めは倭鏡など存在すらしていなかった。しかし異能を持つ者が表出化したことにより事態は変化を見せる。異能を恐れた多くの人々が異能者を追いやろうと躍起になったのだ。しかし追いやられた異能者は争いを望まなかった。それでも迫害は途絶えない。
 争いたくはない。だがこのままでは耐えられない。異能者がどうにかしてこの現状を打破しようと悩み、そうして取られた手段が異能を持たない者たちとの隔離であり――そのために生まれたのが倭鏡とされた。この昔話を聞いた子供の中には憤りを感じる者もいれば、いわれなき迫害に怯える者もいる。倭鏡にとって日本は畏怖の対象でもあった。

 だが、その認識は急速に変わり始めた。今もまた変わり続けている。元王の妻、そして現王の母である百合の存在が大きく影響を与えたのだ。

 昔話でしか知らなかった日本の人間が目の前に現れ、しかも王族と結婚したというのだから倭鏡の人々の驚きは計り知れない。当時は戸惑いや混乱もあっただろう。しかしそうした波すら乗り切ってしまえるほどに元王・梢には信頼が寄せられていたし、百合のおっとりとした人柄は周囲の人々を安心させた。根拠のない昔話より現実にいる人間の方がやはり信憑性も高く実感しやすい。今生きている人々の中に昔話と同じ経験をした者がいるわけでもないので尚更だった。こうして今では日本の印象ががらりと変わり、密かに日本ブームが起きている地域もあるほどだ。

 だというのに、眼前の青年の反応ときたら。
 言葉もなく橘を見ていると、橘はムッと眉をひそめた。対抗するかのようにまじまじと葉を見つめ、重苦しい息を吐く。

「知っています。しかし私には信じられない。……あなたのように洋服を纏う気持ちも未だに分かりません」

 言われ、自分の服を見下ろす。葉の服はシンプルなTシャツにジーンズというかなりの軽装だった。一昔前の倭鏡では和服が平服であり、洋服が一気に広まったのは日本ブームの一つの現われである。動きやすさが親しまれたのはもちろんであるが、百合が好み、彼女が時間を縫って自らデザイン等を買って出たことも洋服が広がった原因の一つとされている。――洋服が日本の象徴の一つというのは何とも奇妙な話だ。
 ただし、正装はやはり和服が基本だった。そして田舎など都市部から離れた地域では未だに和服で出歩く者も多い。

「まあ、服装で日本意識が問われるかどうか俺には微妙だが……」

 葉からすれば動きにくい和服を好む思考の方が難儀だ。

「あんたがそこまで日本を忌み嫌う理由がやっぱりよく分かんねぇんだよな。日本を好意的に思ったり憧れを抱いたりしろとは言わねぇよ。倭鏡の奴らみんながそうなわけじゃない。けどそうじゃない奴らが日本を嫌っているかといえばそうでもない。よく分からないか興味がないって奴が大半だ」
「言ったでしょう。伝承にもありますが日本は……」
「それは昔の話だろ? しかもどれくらい昔かすら分かったもんじゃない」
「あいつらは変わらない!!」

 肺の空気を全て吐き出すかのような叫び。

「……あ」
「へえ」

 ぎくりとした橘に笑みを向けてやる。平静を取り繕うがもう遅い。葉が逃すはずもない。――興味が勝った。

「橘さんよ。もう少し詳しく話してくれねぇか。せっかく護衛に来たってのに置いてけぼりで、正直俺は退屈してたんだ」



*************

説明文我ながらUZEEEEEEEEEEEEEEEEE!!
スポンサーサイト
メモやら小話やら | コメント(0) | トラックバック(0)
コメント

管理者のみに表示