【没】黄昏時のかくれんぼ‐6‐【ネタ】

いい加減、長いと思う←セルフツッコミ
******


 老婆に案内された家は古く、木造だった。趣があるといえばあるかもしれない。そしてそれ以上に、巧みな足捌きで家へ上がり込む老婆は昼に見ても不気味なものがある。しかし春樹はそれを口に出すほど命知らずではない。黙って後に続いた。

「きぇっきぇっきぇ。楽にしているといい」
「ありがとうございます。……あの、息子さんがいるんですか?」

 渡された男物の浴衣に袖を通しつつ、首を傾げる。老婆に合うサイズではない。
 ぐるうりと振り返った老婆は一言呟いた。

「趣味じゃ」
「……趣味ですか」

 そのまま高笑いで奥に進んで行く。春樹はこめかみを強く揉み、この老婆に些細なことを訊くのはやめておこうと誓った。混乱させられるだけだ。世の中には知らなくていいこともたくさんある。

「それで、何が聞きたいかの」
「……僕たちは共鳴している鏡を探しにやって来ました。率直に訊きます。この辺りにそれらしい鏡はありますか」
「ある」
「……あるんですか」

 あまりにもあっさりとした返事で度肝が抜かれた。春樹は数度瞬き、息を整える。

「教えてもらえませんか?」
「教えるのは構わない。ただのぅ……問題がないわけじゃない」

 老婆が綺麗な畳の上へ腰を下ろす。何となく見下ろす形になることに気が引けて、春樹も遠慮がちに近くへ腰を落ち着けた。畳の香りが鼻腔をくすぐっていく。

「鏡は森にある。鎮守の森といって、まあ、神聖な場所なんだが……囲ってない」

 鎮守の森。日本においては、神社に付随して参道や拝所を囲むように設定、維持されている森林のことを指す。神社の本体は本殿や拝殿であり、それを囲むものが鎮守の森であるという理解だ。
 しかし倭鏡では少々異なった。森そのものが神聖とされ、信仰の対象とされる。それ自体は日本でも比較的多く見られるスタンスだ。ただし倭鏡で奇妙なのは、鎮守の森が神社を囲んでいるとは限らないことである。神社が外から森を見守るように設置されていることもあった。それはこのように人気が少なく、自然が溢れている村に多い。もちろん自然が多いため神社の周りに木々が一切ないということはありえないのだが、その自然が「鎮守の森」と称されるかどうかは別なのだ。そして神社が外にある場合、地形の問題だけでなく、もう一つ、思想による理由があった。神社が中から保護しなくとも、森は自身を守れるだけの力があるという思想である。
 春樹は小さくうなずいた。それだけ強いと思われる森に勝手に入るのは、本来、はばかられるものだ。老婆の言う問題もその辺に関係しているのだろう。

「この辺りに鎮守の森があるということは、近くに神社もあると……?」
「ふむ。逆に言えばそれくらいしかないぞ」
「?」
「今、この村に住んでいるのはわしら老人と神社の一家くらいじゃ。随分前から住むには不便になってきていたからのぅ」

 きぇっきぇっきぇ、と老婆は楽しげに笑った。春樹はどうしていいか分からず、ただ小さく相槌を打つ。元々この辺りに住んでいる人は少なかったのだろう。ただ鎮守の森を寂れさせないためにわずかな人々が細々と過ごしていたのかもしれない。

「だからやっぱり、若い者は生足をさらすべきだと思ったわけよ。老いぼれた奴らの足を見ても面白くも何ともない」
「いえ、その話はもういいですから」
「きぇっきぇっきぇ。ああそうじゃ、森に行くなら神社に寄ってからにしてくれんかね。その方がお前さんのためにもなる」
「そうみたいですね……分かりました。大樹が戻ってきてから一緒に行こうと思います」
「そこにいる別嬪さんにもよろしく言うてくれ」

 別嬪と言い、老婆はまた高笑う。何がおかしいのか春樹にはよく分からなかったが、とりあえず「分かりました」とお馴染みの返事を答えておいた。





 大樹が遅い。春樹は外を見やり、さらにその思いを強めた。彼が帰ってきてから行動しようと思ったが、そろそろ日が暮れ始めている。普段ならまだ遊んでいてもおかしくない時間帯かもしれないが今はそうもいかない。大樹だってそのことは分かっているはずだ。

「探してきます」

 一言声をかけると、思いのほか真剣な面持ちで老婆がうなずいた。その様子に落ち着かなくなったが、無理に静めて外へ出る。と。

「お」
「わ!?」

 目の前に立つ壁、否、人物にぶつかった。

「すいません!」

 むしろ跳ね飛ばされそうになったのはこちらだが、春樹が前を気にしていなかったのも事実だ。非がないとはいえない。そして悲しいことに、よくトラブルを起こす弟のせいで、何かあればすぐ謝ってしまう癖が身についていた。処世術だ。どこか情けない気がするのは気のせいに違いない。
 勢いよく頭を下げると、クツクツと笑い声が降り注いできた。人の神経をわざと逆撫でしようとするそれは、妙に聞き覚があって。
 春樹は反射的に顔を上げた。

「よう」

 瞬く。目をこする。さらに目を細めてみる。
 それでも目の前の人物が変わることはなく。

「よっ」

 葉兄!?
 厭味かと問いたくなるほど爽やかな笑顔で手を上げている人物は、春樹の脳内を「やはり」と「まさか」の電気信号で埋め尽くすのに十分すぎる威力を持っていた。開いた口が塞がらない。春樹は自分の視覚と聴覚、ついでに常識を全力で疑ってみた。念のため頭も疑ってみる。それでも目の前の光景を受け入れられない。
 だって、そんな馬鹿な。

「な、何!? 何で! 何で葉兄がここにいるの!」
「言ったろ? 護衛をつけてやるって」
「……!」

 それは確かに言っていた。春樹もしっかり覚えている。だが。

「ちょっと待ってよ……なに、葉兄が僕たちの護衛をするって……そーゆう、こと?」
「ああ」

 あっけらかんとした返事に春樹は打ちのめされる。頭がクラクラとしてきた。決して暑さのせいではなく。

「王様が護衛なんて聞いたことないよ!」
「初めてのことに挑戦する。偉大な意義があるよな」
「知らないよ! それより城での仕事は? またサボり!?」
「人聞きの悪い奴だな。ちゃんと俺がやらなきゃいけない仕事は終わらせてきたんだから大丈夫だ」
「そーゆう問題じゃない!」

 声を張り上げると、葉は軽く眉をひそめて耳を塞ぐ。そのわざとらしい仕草に苛立ちが増した。春樹は語気を強める。

「本来いるべき城に王がいない、それだけで大騒ぎになるって分かってるよね、葉兄」
「問題ない。影武者を用意した」
「じゃあその影武者とやらをこっちに寄越してよ」
「まさか王がここにいるとは誰も思うまい」
「僕も思いたくないよ」

 彼とは円滑な会話が困難だ。
 春樹ががっくりと肩を落とすと、葉は勝ち誇ったように目を細めた。春樹は見ない振りをする。悔しいし苛立つ。これ以上体力が削られるのは勘弁してほしい。

「で、春樹。チビ樹はどうした?」
「あ……そうだ。近くを見てくるって言ったきり戻ってこなくて。もう日も暮れるから探しに行くところ」

 若干の不安を込めて答えると、葉も器用に片眉を上げてみせた。思案する素振りを見せ、春樹と共に大樹を探すことを告げてくる。弟の身が心配なのだろうと思えば「いい兄」かもしれないが、やはり帰る気はないところを見せ付けられたようで複雑でもある。
 その複雑な気持ちを押し込め、春樹は歩き始めた。向かうは神社だ。大樹のことだからフラフラと自然の多いところに寄っていく可能性が高い。この辺りで一番の大自然といえばやはり鎮守の森だろう。
 老婆に教えられた道を辿っていく。人通りがないため道幅も随分と広く感じられた。脇には川が悠然と流れている。春樹が落ちた川だが、どうやら村一帯を囲んでいるらしい。ずっと途切れることなく続いている。
 その川から逸れて突き進むと石段が見えた。ちらと振り返れば葉が黙ってついてきている。

「神社か」
「うん。鏡は鎮守の森にあるらしくて」
「……へえ」

 葉が口角だけを上げてみせる。それから彼は右に視線を投げた。鬱蒼とした木々が高々と森を成している。

「なるほどな。勝手に入っちゃいけねえってか」
「……一応、そういう事情は分かってるんだ?」
「これでも王様だぞ」
「自分で『これでも』って……」

 苦笑せざるを得ないが、分かっているなら話は早い。春樹は促すこともなく石段を駆け上がった。葉は葉で平然とついてくる。――身長の差というか、足の長さの問題というか、釈然としないが仕方ない。
 石段はそれほど長いものでなく、若干運動不足気味の春樹でも問題なく上がれそうだった。軽快に石段を飛ばしていき、

「誰だ」
「……え」

 ふいに自分たちを出迎える姿があった。
 下ろせば腰まであると思わせる、流れるような黒々とした髪を無造作に一本で結んだ少女。彼女は白衣に緋色の袴――巫女装束を身に纏っていた。やや猫目な瞳がじっと春樹を見下ろしている。年齢は春樹とそう変わらないように見えるが、落ち着き払った様子がもしかするとあちらが上かもしれないと思わせる。無愛想な表情の中に潜む凛とした空気。知らず、春樹は気圧されていた。
 風が吹く。少女の結われた髪が大きく乱暴に跳ね回る。それを押さえることもせずにこちらを見続けてくる少女。
 りん、と。
 彼女が持っていた箒の柄にくくりつけられた鈴が控えめに空気を震わせ、春樹は現実に引き戻された。

「……あ、の」

 閉まりそうになる喉をこじ開け、先ほどの鈴に負けじと声帯を震わせれば、眼前の少女はふと目元の力を弱める。ぱちりと一つ瞬いた。

「……なんだ、春樹か」
「え?」

 今度はこちらが瞬く番だ。

「あの、僕の名前……」
「後ろは誰だ?」
「俺か? 春樹の兄貴だ。葉という」

 階段をゆっくりと上ってきた葉は、険しい視線を物ともせず飄々と春樹の隣に並んだ。少女は葉の言葉をじっくり咀嚼し、黒目を光らせるように二人を交互に見やる。どれくらいその動作を繰り返していただろう。数回のはずだが、あまりにも真剣な眼差しは居心地のいいものでないため感覚が麻痺してくる。
 見やった少女は軽く眉をひそめた。葉に目を向け、苦々しく呟く。

「……似てない」
「昔から言われる」
「あの、それは本当です」

 ここまで似ていない三人兄弟も珍しいのではないか。春樹は父親似で、大樹は母親似。そして葉の場合、性格は両親の無茶苦茶な部分を盛大に受け継いだようだが、外見は両親のどちらにも似ていなかった。昔、大樹は「俺は川を流れていた桃から生まれたんだ」と言う葉の言葉を本気で信じていたことがある。それも葉があまり両親に似ていなかったからこそだろう。

「だが……」

 何か不満なのか、少女は小さく唇を尖らせた。それでも不承不承ながら納得したらしく、嘆息一つでうなずいてみせる。無愛想な表情ながらもようやく動きが見えてきた。そのことに春樹はホッと胸を撫で下ろした。生まれた余裕と共に思い出す。老婆が「別嬪さんにもよろしく言うてくれ」と言っていたが、それは恐らく彼女のことに違いない。化粧っ気も愛想もないものの、よく見れば整った顔立ちをしている。凛と張り詰めた空気は神聖な神社と相まって力強い存在感を放っていた。

「とりあえず納得してくれたならありがたい。で、あんたは一体誰なんだ? 巫女装束ってことはこの神社の所縁のもんか」
「葉兄、もう少し丁寧な言い方はないわけ?」
「急いでるんだろうが。日が暮れきってからじゃチビ樹を探すのも大変だろ」
「そうだけど……」

 それにしても人に物を尋ねる態度ではない。
 苦笑して「すいません」と頭を下げると、少女はフルフルと緩慢に首を振った。本当に気にした様子はない。あまり表情が動かないので分からないだけかもしれないが。
 どう切り出そうか迷っていると奥からもう一つ、人影がやって来た。細身の男性で、歳は葉より上だと思わせる落ち着きを持った表情だった。恐らく二十代後半か。彼もまた袴を身に付けているので神社に関係する人物だろう。ただし神主のように厳かではなく、一見して軽いものだ。

「どうしました?」

 声音もまた穏やか。春樹は安堵した。

「すいません、お騒がせして。実は弟が森に迷い込んだ可能性が高くて……」
「森に……ですか」
「はい。よろしければ探しに行く許可がほしいのですが」

 青年は眼鏡の奥で瞳を細めた。元々大きな目ではないので、そうしていると目をつぶっているようにも見える。

「春樹」
「はい?」

 唐突に声を上げたのは、青年でなく少女の方だった。春樹はぎょっとして彼女を見やる。彼女の瞳は相変わらずぼんやりとしていて何を考えているのか分からない。それでも口調だけは妙にはっきりとしていた。

「大樹を探しているんだな?」
「そう、ですけど」
「私がついていく。――いいな、橘」

 少女の有無を言わせない口調に橘と呼ばれた青年が笑う。彼は大袈裟に肩をすくめてみせた。

「……そうですね、君ならいいでしょう。ええと、春樹くんといいましたか。この子は森に詳しいですから、この子の指示に従ってください」
「分かりました。ありがとうございます」
「ちょっと待てよ。俺は無視か?」

 葉が呆れたように割って入る。確かに少女が話しかけたのは春樹にだけだ。
 少女はじっと葉を見た。睨んでいるのではないかというほど長く強く見つめ、そのまま息を細く吐く。うっすらと刻まれた眉間のシワは消えない。

「……葉といったな。お前は駄目だ」
「何でまた」
「穢れが多い」
「……、は?」

 今度は葉だけでない、春樹もまた目を丸くした。橘もどこか不思議そうに少女のことを見ている。変わらないのは少女だけだ。

「森にこれ以上穢れを持ち込まれるのは困る。だからここで待っていてくれ。――行くぞ、春樹」
「え……あ、はい」

 スッと階段を下りていく少女の後を慌てて追う。袴の動きにくさなど感じさせない足取りに春樹の方が駆け足になった。少女の持ったままの箒が涼やかな鈴の音を鳴らしていく。


*****
スポンサーサイト
Home |  Category:メモやら小話やら |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback0
Tracback

Tracback URL :

Comment

    
Home   Top
 
プロフィール

あずさ

Author:あずさ
武器:シャーペン、ノート、パソコン、ポメラ
レベル:29
二つ名:囁(アビス)
あだ名:エゴイスティックスケコマシ
四字熟語:好色生活
(※二つ名メーカー、脳内メーカー等による結果)
アイコン:朧夜緋雨さまから

最新記事
カテゴリ
呟き、囁き、ぼやきに寝言
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード